ていくへぶん〜見える少女〜プロローグ
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プロローグ
「コレもですか!?」
第三七一魂回収部オフィスで受け取った業務指示書を読んで出た言葉がこれ。なんで他部署の尻拭いをしなくちゃならないの……通常業務抱えたまんまで……
死ぬ。これ以上仕事増やされたら間違いなく過労死してしまう……
「断ってもいいですよね?」
ダメもとで課長に聞いてみる。巌しい眉間のシワがピクっと動いた気がした。
「構わんぞ? 断っても……」
「ホントですか!? じゃ、遠慮なく」
書類をそっと返して自分の机に戻ろうとしたとき、課長の口から私の今後を決定付ける重要な一言がこぼれた。
「休み、いらないのか……」
本当に小さい声だった。なのに私の耳は通年ざわつくこのオフィスにこぼれたこの言葉を聞き逃さなかった。
すぐさま踵を返して課長の机に戻る。
「どういうことですか」
「そんな怖い顔するなよ」
怖い顔? しない訳ないじゃないですか!
「休みって本当ですか!?」
「あれ? 聞こえてた?」
「はいバッチリ! で、本当に休みなんですよね」
課長と顔を付き合わせて他人に聞こえないよう小声で問う。
「休み時間でも、昼休みでも、食休みでもなく、休暇なんですよね」
これだけしつこく聞くのには理由があった。前に「休みが欲しいならくれてやる」って言われて、辞職か始末・報告書・説教パーティーか現場五つハシゴと報告書パーティーかを迫られて、どれも嫌だったからつい「今すぐ現場行きます」って言っちゃったことがある。
慎重になりすぎて損はない。いらないこと言ってへこみたくない。
「そうだ。小休止でも、中休みでも、一服でもなく休暇だ」
ニヤリ……と笑顔を見せる。この笑顔は……嘘じゃない! でも。
「嘘じゃないですよね」
「あのな……俺が嘘ついたことがあったか?」
「い、いいえ!」
首を横に振る。まさか「はい! 幾度となく!」なんて言って機嫌損ねられて仕事だけ押し付けられるわけにはいかない。
「よく見ろ。この指示書の下にちゃんと書いてあるだろ」
指差す先を見ると『特別報奨として休暇を支給するものとする』と社長のサイン入りで書いてあった。
「これは……」
「間違いないだろ?」
社長がサインしているなら違える訳がない。
「それとな、終わった翌朝から休暇だからな」
俄然やる気が出る。
「やります! 私やります!」
ひったくるように書類を課長の手から奪うと、一番下の記入欄に名前を書き込む。通常業務以外の業務に関しては必ず実行者とその上司の承認を受けないと何もできない。
「じゃ、通しとくから。あとこれな確かめてくれ」
課長の机の下からトランクが出てきて開かれる。中にはスマホサイズのタブレット端末とイヤホンマイクが一機ずつに黒い筒と小さいケースが入っていた。
確認してくれと渡され確かめると、どれも最新式の装備。
タブレットは完全防水、完全防塵、対悪意コートも完璧でしかも本人の認証以外は受け付けない霊子認証まで搭載……入ってるアプリケーションも最高!
もうあんな旧型の魂魄探知機なんて使わなくていいんだ。うわ、開放コードの優先受信ラインまで入ってる……
小さい箱の中にはメガネが入っていた。
結構厳重に入っていたからただのメガネとは思えないけど……
「これなんですか?」
「説明書入ってるだろ」
出してみるとこれが結構な厚さ。
「えっと……このページが中身一式で……これディスプレイ?」
ページをめくってメガネの項を開く。なんでこうも小難しく書くのかと毎度思うけど、それが向こうの仕事なんだと割り切る。じゃないと読んでられないよこんなの。
で、なんとか読んでわかったことはこのメガネを通して仮想現実上にキーボードとかを見れるようにする装置だそうで……セットになってるイヤホンマイクからの音声でもある程度は動くスグレモノらしい。
といっても機能はまだまだで通話とメールとレーダーが使える程度らしい。折角だからナビゲーションシステムも欲しいところ。
このお仕事が終わった暁には使って食べ歩きでもしようって思ったのに……残念さを胸にしまってまだ確かめてない装備を出す。
「えっとこの筒は……護身用のスタンロッド?」
軽く振ると一気に筒から飛び出して棒状になる。カッコイイ。
持ってみてわかったけど、振ってみてよくわかる。とっても軽い! ずっと持って馴染むと持ってるかどうかわからなくなりそう。
「えっと、使うときは伸ばして叩くか……こんな感じかな」
手近にあったホワイトボードを仮想悪意に見立てて軽く、ロッドの先で突っつく程度に触った途端!
ホワイトボードが後ろの窓と一緒に消し飛び大穴を開け、フロア中の窓ガラスが割れたと思ったら耳をつんざく爆音が穴の向こうの方で鳴り響いた。
いきなりの轟音とガラスの割れる音に騒ぐ声と非常事態を告げるサイレンが場に混乱をもたらすが、ここにいる連中は動じはしない。
大穴の淵では火花が散り、後ろを向けば棚は倒れ書類は宙を舞い、天井の蛍光灯も割れたり点滅したり……剥がれた天井のパネルが落ちてきたりもしていてオフィスの中は竜巻が蹂躙した後みたいになっていた。
「うそぉ……」
ちょっと小突いただけでコレ? 開発部の腕は認めたいけど、これは過剰すぎでしょ。
フロア中の人間が爆心地にそれぞれ武装して集まると、窓があったところに開く大穴を見て一様に驚くと同時に開発部を称えたり、けなしたりの声が続く。
「タ〜カ〜ツ〜キ……」
落ちた天井パネルの中から身の毛もよだつ声が聞こえてきた。その瞬間、ざわついていた野次馬が全員で息を飲み、呼吸を殺す。
「テメェ……」
瓦礫から立ち上がったのは課長。だったヒト。顔には青筋が浮き出して、額から流れる血と合わさって下界で見かけた本に書いてあった「魔王」と重なる。
「すすすす、すいません。ちょこっとこの先でホワイトボード突っついただけなんですよ? ま、全く開発部もとんでもない兵器創ってくれちゃって……アハハハハ」
瓦礫を押しのけて私の目の前に立つと持っていた説明書を奪い、スタンロッドに関する注意書きのページを開いて見せる。
「えっと……『無意識での使用は控えてください。使用者の力を利用して力を発揮するので暴発する恐れがあります』」
………………
さて、仕事行かなくちゃ。装備一式が詰まったトランクを抱えて課長の前を横切るとそこから前に進めなくなる。おかしいな? と課長の方を見ると、その手が私の腕を握って離さない。
「あの、課長? 私お仕事行かないといけないんですけど?」
「そうか。奇遇だな。俺もこれから新しい仕事なんだよ」
「へえ……そうなんですかぁ〜」
お互い笑顔のままでにらみ合って掴まれた手を外そうと試みるが、課長の握力は強くて外せそうもない。
「ああ。いい仕事だが面倒ではあるな」
「なら、それ後になりませんか? 具体的に言えば千年後ぐらいに」
「ははは。面白いことを言うな。千年なんて待ってやらんぞ?」
乾いた笑いは冗談にもならない。近くで見ていた同僚も他部署の連中も一歩、また一歩と私たちから離れ出す。後で同僚の一人から聞いた話だとそこだけ終末戦争が勃発寸前みたいだったらしい。
「え〜? そんなこと言わないで待っててくださいって」
「ダメだ。来い!」
結局引きずられるままに別室へ連れて行かれて、しこたま怒られた。その上、お給料の二割を修繕費として天引きまでされることに……ボーナスも四シーズン五割カットに始末書と反省文も。うう……
でもいいんです。お休みが待っているんだから。
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