青空の下
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「あ
〜いい天気……」
学校をサボってビルの屋上で空を見上げる。首に引っ掛けたヘッドホンからはお気に入りのアイドルの最新シングルが流れている。聞いてるわけでもなくただ
流しているだけだったけどなんかよかった。うん。イイ感じだ。
で、こういう風に自分の『イイ感じ』にハマってるってことは……
打ちっぱなしのコンクリートの上に置いた、口を開けた鞄の奥から独特の電子音が微かに聞こえる。
やっぱりだ。
無視してもいいけどそういう訳にはいかない理由がある。
「えっと、どうするんだっけ?」
音楽を止めつつ取り出した長方形の機械の画面には『着信中 本部』の文字と沢山の数字が踊り、黒い背景に緑色の線がいくつも走る。
「これでいいんだっけ?」
画面上で忙しなく点滅する所を押してみると電子音が止まり画面がパッと違うものに変わる。今度は『着信中 本部』ではなくて、『通話中 本部』に変わっ
ている。多分これでよかったはず。証拠に、
「遅いぞ。何をしていた?」
って機械の大きいスリットから少し強い口調の男の声が聞こえた。
何とも変な感じだ。声の主は地面の下の下の下のシェルターにいるはずなのに、息遣いと周りからの機械音に他の人の雑踏まで聞こえるのだから。
「仕方ないでしょ。使い慣れてないんだから」
そう言ってやると、
「仕方ないわけないだろう。使い慣れろ寧ろ使いこなせ」
言い草に呆れる。こんな手のひらサイズの機械の機能を使いこなせって無理がある。これが五十年前の自分ぐらいの年齢の間で保持率がほぼ百パーセントで使
いこなしていたなんて信じられない。
今となってはこんなの……えっと、スマホ? だっけ? を持ってる方が珍しい。寧ろ持っているのを見つかれば処罰される。
四十五年前に成立した電波法だかで一部の軍事関係者を除き持つことを許されていない。なんでも、
「有事の際に繋がらなくなる可能性と電波帯の確保のため」
が理由らしいけど……
そんなの規制したりしなくても今このご時世にこういったものを持とうなんて思いはしない。だってみんな地面の下にいるし、そういった電波は軍政府が抑え
ている。そもそもこんな旧世代のモノを持ち出さなくちゃいけないのはこれ以外に地上で連絡を取れるものがないからだ。
「それは置いといて、何処いけばいいの」
「今貴様がいるところからすぐのところだ。恐らく見えるだろう」
スマホ片手に鞄から双眼鏡を取り出して三百六十度ぐるりと見渡すと、確かに五キロほど離れたところに土埃が立っている。
それがこっちに向かって進んでいるようだ。
「見えた」
土煙の向こうには異形の生物が群れを成している。
「それを片付けてこい」
見た感じ百は超えてるんだけど……
「めんどいなぁ。装備はシングルナンバーかダブルナンバー頂戴」
基本装備でもランクDクラスの奴等なら十分に殲滅できるけど、数が多い。間違いなく最初の目測よりずっと多いはずだ。
「構わんがナンバー・ナインとナンバー・イレブン以外は出さん。リミテッドはファイブミニッツだ」
「ええ? そんな……最弱ナンバーの上に五秒だけ!? ちょっと待ってよ」
そう不満の声を上げるが、聞き入れてくれるわけがなくて結局は受け入れざるを得ない。
「わかりました。じゃあ、お風呂用意しといて下さいね」
「十五分で片付けられたらな」
そう言うと一方的に通話は切れてしまった。
「はぁ。何でやるなんて言っちゃったんだか」
後悔の溜息をつき、あの時の自分の判断を省みるがこの決断をしていなければ今頃意識を残されたままバラバラに切り刻まれているか、標本にされているか、
殺処分されていただろう。
事実あの時やらないと決断した奴等の顛末を見せ付けられてしまった以上はこうやって軍部の犬になっているしかない。
正直待遇も結構いい。まあ、少しでも反逆とかの素振りが見えた時点で同じ道をたどるのだろうけど……今は。
「これでも幸せ……なのかな」
ヘッドホンを外し鞄の中へしまい込むとしっかりとチャックを閉じる。どうせ地上に来れる人間なんて他にいないのだから放っておいても盗られる心配はない
だろう。そしてスマホをポケットに押し込むと少しだけ助走を付けて、土煙の立ち昇る方を目指し飛ぶ。
このまま地面まで降り立っても構わないのだけど走るよりはビルを足場にして一直線に駆けた方が早い。
そして目標とぶつかるであろうポイントの手前に降り立つ。
「ゲートオンライン。認識番号XXX‐〇〇一。カテゴリー、ソード」
『比較完了。生体承認完了。送信シークエンス開始……完了』
直後に眼前の空間が歪んで絞り布から生クリームが出てくるようにアタッシュケースと布に包まれた棒が吐出される。早速アタッシュケースを開き、棒状のも
のから布を取り払う。
布の中からは刃渡り四十センチ程度の片手で扱える両刃剣が一振り。アタッシュケースからは拳銃が一丁。そして予備の弾倉が五本。
本当なら銃なんていらないんだけど一応……ね。
少しだけこみ上げる苦いものを飲み下してホルスターをサポーターごと左太ももに括りつける。
「んっ…………」
いつもながらこの冷たさには変な声が出てしまう。一人だからいいけど誰かに聞かれたら速攻で頭を弾くだろう。
「いけない。残り十分になっちゃった」
ショートソードを抜き放ち少し鈍い陽光を煌めかせて、駆ける。
あいつらが一匹でも下に入れば沢山の人が死ぬ。悪くすれば全滅もあり得る。でも今はそんなことよりも、残り十分で全滅させて、さっさと戻ってお風呂には
いってまた『イイ感じ』に浸ることのほうが重要だった。
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