どこかの結末

小説置き場に戻る
トップページに戻る


「よお」

「やあ」

 とうとうここまで来てしまった。
 最後の時と、最後の邂逅と、最後の最後が。

「あれ? 一人なのかい?」

「ああ。みんな『最後なんだから決めてこい』ってさ」

 嘘だった。
 ここに来るまでに仲間は……
 俺をここに立たせるために。

「いい、仲間じゃないか」

「だろ? 自慢の仲間たちだ。だから」

 だから。
 これから俺がこいつに向かって言う言葉は、裏切りなのかもしれない。
 それでも、俺は、それを言わなくちゃならない。
 離れ離れになる寸前にこいつが伝えてくれたことに。

「ああ、時間も差し迫ってるね。……始めようか」

「だな。早いところ終わらせて迎えに行かないとな」

 あいつの後ろにあるガラスの向こうは、
 真っ黒な雲が稲光を走らせて。
 そして、大地が天に向かって飲み込まれていく。
 時間が本当になかった。
 あいつの息の根が止まるか、俺の命が尽きるか……
 その違いですべてが変わる。

「じゃあ、行くよ」

 不規則に動きながらあいつは俺に向かって来る。
 さながら閃光、と言ったところか。
 まさかそれをこのまま迎え撃つなんてことは無い。


 綺麗な雷光がわたしに向かって来る。
 真っ直ぐに、真っ直ぐに。
 これじゃ惑わせようとして動いた意味が無いじゃないか。
 でも、それがいいね。
 そうじゃないと君らしくない。
 盛大な金属の衝突音が謁見の間に設えられたガラスというガラスを粉砕した。

「いい動きだな」

「君もね」

 いい笑顔だった。
 猛々しくもなく、優しい微笑み。
 その笑顔をすっとわたしだけのものにできたなら……
 なんて思ったことは星の数ほど。
 流れ星に願っても、神に願っても、決して手に入れられない。
 そうわかってても、願わずにはいられなくて。
 それができないこんな世界はいらなかった。
 だからこうやって壊そうとしてみたんだけど、まさか君が止めに来るなんてつゆも思わなかった。
 あっ。
 今、君と二人きりじゃないか。
 どうしよう。
 半分叶っちゃったよ。願いが。
 まあ、いいや。

「ねえ」

「ん?」

「ここまで来るまで大変だった?」

「そうだな。結構しんどかったぞ」


 今にも手が届きそうな距離でこいつと命のやり取りをしている。
 そんな実感は全くなかった。
 こうやって刃が交わる距離を保ちつつ、ここまで来るまでの話や、どうやってこんなことを思いついたのかって話や、お互いの両親の話、離れ離れになった後 の話なんかで盛り上がった。
 一瞬でも気を抜けば刃は何の躊躇いもなく俺を貫いて、命を奪う筈なのに、交えながら話すのが楽しくて仕方なかった。
 永遠に、この時が続けばいいと思えるほどに。
 許されは……しないが。

「それで、いつになったら聞かせてくれるんだい? 君のキモチ」

「なっ……!」

 危うくあいつの刃に狩られる寸前だった。
 大きく距離をとって動揺を隠す。

「そのために一人できたんだろう?」

 からかうような笑みで言う。今度なんてないのにな。

「今度じゃ駄目か?」

「駄目だね。今聞かなきゃ」

 だよな。

「じゃあ、一回しか言わないかんな」

「十分」

 お互いに刃を構え直す。
 次が正真正銘に最後。
 許された時間の終焉。
 あいつが刃に込めた気迫や、力がひしひしと伝わってくる。
 俺も負けてらんないな。
 一際大きな雷鳴で互いに踏み込む。
 それと同時に俺はあの時伝えられなかった言葉を吐いた。
 あいつの顔に、笑顔が浮かぶ。
 眩しくて、俺だけのものにしたい笑顔が。

 そして。

 刃は滑りこむように胸へ走り……

 互いの胸を貫いた。


「……避けてくれると思ったんだけどな」

「……避けてくれると思ったんだけどな」

 なんでハモるかな。
 こんなトコロで……

「ありがとう」

「何が?」

「わたしを止めてくれた」

「まあ、そうしろって言われてきたからな」

 互いに膝をついて、
 胸に刺さった刃を支えにしないといられない。
 初めて抱きしめたこいつの身体から熱が、温もりが無くなってくのがわかる。
 きっとこいつも同じ事を思っているだろう。

「まあ、いいか」

「何がだい?」

「こういう終わり方も……ってな」

 もう、起きていられない。

「おやすみ」

 ゆっくりとこいつに刺さった刃を抜きながら。
 忘れないよう、離さないように込められる力を込めて。


「寝ちゃったか」

 ゆっくりと君の身体を横たえて、伸ばした腕に自分の頭をあずける。
 刺さった刃を抜き払い、しっかりと抱きしめてみるけど感覚が殆ど無い。
 もう一つの夢も叶った。もっと温かいとよかったんだけどそれは贅沢だね。

「ほんと……幸せそうな顔して……」

 わたしもきっと同じ顔をしているといいな。
 自分じゃ確かめようが無いのが心残りだけど……

「わたしも眠くなってきた……」

 色んな意味を込めて君の唇を奪う。
 愛も恋も恥ずかしさも痛ましさも憎悪も。とにかくありったけのわたしの気持ちを乗せて。伝わるか伝わらないかそれは問題じゃないから。
 おやすみ――――
 そう告げる前に全部、全部、崩れて。
 全部、全部、埋め尽くした。



小説置き場に戻る
トップページに戻る
inserted by FC2 system