片思い
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いつもの居酒屋にいつもの同僚とお酒とバカな話を交わす。
上司の愚痴だったり、社内の噂話だったり、雑誌のイケメンの話だったり……
そんな今日のお題は『高校時代の恋バナ』
女二人で飲んでいれば自然とこんな話になるのは当然。それにどんな話だって締めは決まって「結婚したい!」に落ち着く。
「……で、あんまりしつこいから一発ぶん殴って振ってやったの」
「はあ……強かったんだね」
「そーんなことないって! あの時は怖くてたまんなかったんだから!」
そうは言うものの、話す本人は楽しそうだ。
「ほら。あたし話したんだからあんたの聞かせてよ」
「しょうがないな……片思いだったんだけどね……」
記憶を辿る。苦くて……あんまり思い出したくはないけど、忘れられもしない事。
それは高校二年のとき、私は、何回目かの恋をした。
彼はスポーツができるわけでも、特別勉強が出来たわけでもなく、イケメンでもないごく普通にどこにでもいるただの男の子だった。
「お弁当一緒に食べよ?」
「ごめん……今日は……」
「そっか。じゃまた今度ね!」
無下にならない程度にクラスメイトからの誘いを断り屋上へ向かう。
一学期の半ば頃から私はよくお昼休みを一人で過ごしていた。
イジメがあったとかじゃなく、この頃の私はだたなんとなく他人といるのが苦痛だったから。
「ごちそうさまでした」
あ〜……雲……いいなぁ……
なんて思いながらお弁当を食べ終えてゆっくりしている時だった。
「ねえ」
呼びかけられた?
この屋上は幽霊が出るとか、自殺した生徒が道連れが欲しくてまだ彷徨ってるとか、噂が絶えないところ……
ま、まさか……
「ねえってば!」
「キャッ!」
肩に手が乗せられた途端、腕が跳ね上がり手の甲が何かに当たる感触が。
それが嫌に生々しくそのまま逃げて階段を駆け降りる。
叫び声が聞こえた気がしたがそんなことに構っていられない!
体育の授業でも出したことない速さで廊下を駆け抜けた。
教室近くまで逃げると気持ちが落ちついてきて、幽霊って触れたっけ? 温かかったっけ? と思って、怖い半分、興味半分でさっきの屋上に上がる。
すると、鼻を抑えた男子生徒がうずくまり悶えていた。
「あ、あの……」
そう声をかけるとその男子生徒は顔を上げて私を見るなり、
「何すんだよ……痛っいな……」
と恨めしく言う。
「あの、ごめんなさい! てっきり幽霊だと……」
「ゆうれい? そりゃ傑作だ!」
そう言って笑い出す。
釣られて私も笑うと、さっきの怖さが嘘のように無くなった。
「たしか君……隣のクラスだよね?」
男の子が聞いてくる。
「そうだけど……なんで知ってるの?」
少し訝しむ。まさかこんな人畜無害そうな顔をしているのに私のこと……
「いっつもここに来るから気になってさ。昼休み終わりについて行ったらそうだってだけ。後これ」
差し出したのはヘアピン。刺していたところに手をやると確かにない。
「あ、ありがと」
予鈴が鳴り教室へ戻れと背中を押す。
「行かないとね」
階段に向かう彼の背中に声をかける。
「また明日もいるの?」と。
すると彼は振り返り頷く。
それから、昼休みはこの屋上で彼と会うことが日課になった。
それは不思議な関係で、互いに二年生で教室もわかっているのに名前もメールアドレスも教え合うこともなく、この場で会うだけの関係だった。
それがとても楽で、嬉しかったんだと思う。二人だけの秘密だったから。
教室だとすぐに色恋やアイドルの話が降ってきて正直ウザイし、同意を求めてきて辛い。
でも、彼はそんな事をしなかった。
ただお昼休みに屋上で会って挨拶だけ交わして。
お弁当食べて。
気が向いたら話をする。というよりは私が積極的に話しかけていたけど。
でも、不思議と嫌がる素振りは見えなくて。
そしてなにより彼から宇宙の星の話を聞くのが楽しくてならなかった。
そして、それ以外の事のことにほとんど興味がないことも……
「ふ〜ん……それでアンタは好きだったの?」
「多分。だから片思いって言ったじゃない」
あれから十年。
彼が今何をしているのかはわからない。
クラスの同窓会で今もほかのクラスの人と仲がいい子に聞いても「わからない」と言う。
「そっか。その男が忘れられないから彼氏出来てもすぐに別れるんだ」
「もう! そんなんじゃないって!」
「いんやそうだね。アンタ話してるときの顔。すっごくいいもん」
ケラケラと笑って彼女はグラスに少しだけ残った焼酎を流し込む。
「からかわないでよ」
私もグラスに入った残りのビールを煽る。
「お客様、申し訳ございませんがお一人様ご来店で少しだけお席の方詰めていただいてよろしいでしょうか」
「構いませんよ」
「ありがとうございます……こちらどうぞ!」
「すいません。あんまり邪魔にならないようにするんで……」
空いた席に男が座る。
その時、その男の人と目が合う。見覚えがあった。
どこでだろう?
「で、本当に何もなかったの?」
「え? 何?」
「だから、その同級生クンと何もない訳ないでしょって」
何だか懐かしい気もするけど……ま、いいか。
「そりゃ、ちょっとはあったけど」
「ちょっと待って。店員さーん。焼酎追加で。アンタは?」
「あ……ウーロンハイで」
「ハイ! かしこまりましたぁ!」
威勢のいい声が満員の店内に響く。
「あ、そういえば」
「うん?」
「振られたんだよね私」
彼女の目がランランと輝く。
「マジで!? 何やったのよアンタ」
「うん。それは……」
二学期の期末考査も終わり周りのムードは冬休み突入と同時にある最大のイベント。クリスマスとお正月の予定をどうするかで盛り上がっていた。
私は……どうしようか。
何人かにクリスマスパーティーに誘われていたし、初詣も行きたいと思っていた。でも、折角なら。
お弁当を持っていつもの通り屋上へ。
寒くってもやっぱり彼はそこにいて、いつもの通り「こんにちわ」と言ってくれる。
私も「こんにちわ」と返し、お弁当をやっつける。食べ終わらないと話にもならない。
「ごちそうさまでした」
食べ終わりお弁当箱をまとめると、階段の屋根の上にいる彼のところへ上がる。
相変わらず星も見えないのに空を見上げていた。
「隣、いい?」
聞くと彼は起き上がり少し横にずれる。座っていいらしい。
……………………
座ったがいいがどう切り出せばいいかわからない。とにかくとっかかりを作らないと。
「あのさ。これから冬休みになるじゃん」
「そうだね。冬は寒いけど好きだな。星が綺麗に見える」
いい横顔だなぁ……じゃなくて!
「ほら、こうして会えないじゃない? だからさ……」
あと一言。それが言えれば進める。
この関係を壊すような事だが、それでもほんの一歩。いいや半歩でもいいから進みたかった。私は彼の宇宙と星以外の大切なものになりたいんだ!
「だからさ。ケータイの番号交換してください!」
なけなしの勇気を使ってお願いした。この必死さに恥ずかしくって本当に顔が火を噴いたんじゃないかって思うぐらい熱かったし、心臓のバクバクが止まらな
い。走った時なんかよりずっと、ずっと高鳴る。
「そっか……」
思いもよらない反応に高鳴った心臓が途端に凍りつく。だってそうだ「いいよ」とか微笑んでケータイを出すとか想像していたのに、全然違う顔を、微笑って
いるような悲しんでいるような顔をするから。
「バイバイ」
そう言って屋根から降りるといなくなってしまった。
「その時思ったんだ。「あ、振られたんだ」って」
「それで?」
「それっきり。だって校内で見かけても声なんてかけられなかったし、その後はもう屋上で会えなかったし」
バイバイ。なんて言ったこと、なかったし。
本当に壊しちゃったんだよな……あの心地よさ。あの時もっと心を縛れていたなら彼とこうやってお酒を飲んで、昔の話をして笑い合えていたんだろうか。
その時はもう少しだけ関係が違ってて指輪なんかしてたりしなんだろうか。
酔ってるな。突拍子もないこと考えてる。
隣の人がその彼だったらいいなとか。もう夢見る乙女じゃないってか……
「恥ずかしかったんだと思いますよ。その人」
「え?」
隣に座る男の人が口を挟む。聞かれていたらしい。
「クラスに居場所がなくて、昼の屋上が唯一の逃げ場所で。そこに可愛い子がくるものだから気になって声をかけたら鼻を殴られて幽霊かと思ったって言われて
笑って。僕が話す宇宙とか星の事を聞いてくれた」
嘘でしょ!? そう叫びたくなる。まさか……そんなことって……
「だから……じゃないけど。あの日、アドレス交換しようって言ってくれて嬉しかったんだ。でもさ、ホントなんて返していいかわからなくって、その後話しか
けようとしたけど気まずくて……」
今までにないくらい心がときめいてしまう。
この気持ちは本物なのだろうか疑ってしまうが、今はいい。
また会えた。
それだけで十年程度なんか簡単に埋められそう。そのために、もう一度。
「アドレス、交換しませんか?」
驚いたみたいだった。けど、すぐにあの時の笑顔を見せて言ってくれた。
「喜んで」
あの時お互い踏み出せなかった半歩を踏み出して。
―了―
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