ていくへぶん〜華麗(?)なる休日〜1
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これでよし。
スーツケースの中には数日分の着替えと洗顔用品が入った。もし汚れちゃったりしてもクリーニングに出せばいいから大丈夫でしょう。
「うん。入れ忘れないね」
何度も中身を確認してから蓋を閉めてカギをかける。するとその向こうから人影が一つ、私の前に立っていた。綺麗な青いスーツを着た私の大事な人だ。
「どうしてもいかれるのですか」
「うん」
言いたいことはわかる。でも、最後なのだからこれぐらいのわがままは聞いてほしい。って言うより聞いてくれなきゃやだ。
溜息がひとつ零れた。
「言い出したら聞きませんからね……でも、近くには」
「わかってるわ」
それぐらいは譲歩しておかないと身動きが取れなくなっちゃうから仕方ないよね。本当はそんなのいなくてもいいのだけど、これも『立場』っていうものが付
きまとう宿命でしょう。
「しかし、本当にあれの元へ行くのですか? わたくしにはどうしても……」
「でも、貴女が思うよりも彼女は信じられる人よ?」
「わかっては、いるのですが……」
一応頭の方では理解はしているようなのだけど、心情がそれを阻んでいるようだ。裏歴を知っている以上、避けられないのだろうけど。なら。
「貴女も一緒に来る? それなら心配ないでしょう」
私の提案に表情が一気に凍りつき何かを考え始める。そして何度か声を出そうとした後で、
「…………お断りします。お仕事が沢山あるんで」
と、非常に残念無念といった表情で断ってきた。
来るなら来るで楽しそうだたけど、私がいない間の事を押し付けてしまうのだからこんな提案をするべきじゃなかった。本当に困らせてしまったみたい。
「ごめんなさい」
「何がですか?」
「困らせてしまったみたいで……」
「ああ、はい。本当に困りました。ついて行ったら本当に楽しそうでしたけど、彼女にいらない緊張させるだけでしょうし、そうなってしまうと何より貴女が楽
しくないでしょうから」
そう言って微笑む。
「ありがとう」
心からそう言える。これから先ずっと一緒にいる人としてこの人以上の人はいない事がよくわかる。
きっとこの人は裏切らない。何があっても私のことを裏切ったりしないって。その信頼に私は精一杯答えないといけない。そう感じた。
「いいえ。そろそろ時間なのでは?」
「ああ、ホントだ」
話してる内に出るにはちょうどいい時間になったようだ。
「いってきます」
「お気をつけて」
大きな扉を開きエレベーター前に躍り出る。そして閉まる扉の向こうで手を振る彼女へ約束した。
「お土産買ってくるからね!」
それと同時に扉が閉まって、彼女の姿は見えなくなった。でも最後に彼女の言った言葉は何となくわかる。多分、
「楽しみにしています」
って。
朝は目覚まし無しでも何とか起きれて、ベッドから落ちるように起き上がるとまっすぐ洗面台に向かう。
そこでしっかりと洗顔料を使って顔を洗って歯を磨き切る頃には眠気は飛びきって頭が働き始める。パジャマを脱ぎ捨てるとクリーニングしたてのブラウスへ
袖を通して、スーツのスカートを履いて、鏡台の中に映る自分へ向き直ると『これから仕事だ』って気分が否応なく盛り上がってくる。
それを固定っていうか萎えさせないための儀式。お化粧を始めるわけです。と、言ってもそんな派手派手しいものじゃなくて本当にナチュラルな、肌を明るく
見せる程度のもの。
それ以上は仕事中に直している暇なんてないから、本当に最低限のもだけ。
「…………面倒だからなんて思ってるんじゃないんだからねっ!」
って、鏡に映る自分に向かってポーズ決めて言ったって仕方ないのだけど。
うん。完了。今日はノリがいい。こういう日は何だか気分もいい。こういう日が続けばいいんだけど……そう何日も続くもんじゃない。
「あ、いけない」
時計を見るともう出ないといけない時間が近いことを示す。これより遅れてしまうと朝ごはんを食べている暇がなくなっちゃう。
スーツの上着に袖を通してフラワーホールに社章をつける。
冷蔵庫に貼ってあるごみカレンダーを確認…………今日は回収無いもんね。よし。
携帯、財布、定期、エトセトラ、エトセトラ……うん。忘れ物もなし。
後は玄関を出てバスへ乗り込むだけ。だった。
ピンポーン……
玄関を出ようとした途端、インターホンが鳴り響く。
こんな朝早く、しかももう出ないと朝ごはんが食べられなくなるって時に……!
「すいません。これから出勤なんで、後にしてもらえますか?」
それで後は相手が何を言おうがシカトを決め込もうとしたのだけど。
「おはようございます。タカツキさん」
見覚えがある少女がそこそこ大きなスーツケースと一緒に玄関先に立っていた。
「えっ……と……?」
誰だっけ?
絶対最近あってるはず……
「あれ? 日を間違えたかな。今日からですよねお休みって」
お休み……?
その甘美で甘露な響きは頭の中を駆け巡り、記憶とバックから手帳を呼び寄せる。そして手帳を開いて愕然とした。
「ああ! そうだ! 今日からお休みだった!」
不覚……しっかり出社準備しちゃった……習慣って恐ろしい……
「で、貴女はどちら様ですか?」
ヘコむのもそこそこに謎の少女に切り出すが……このやり取りも最近やった気がするのは気のせいだろうか。
「これをどうぞ」
少女はポケットから銀色のケースを取り出してその中身である四角い白い紙を差し出した。
「あ、これはどうも……」
職業病的に受け取って視線を落とすと、この娘の顔写真と共に『ヘブンズカンパニー代表取締役社長』との肩書きとミカエルという名が刻まれていた。
「しゃ、ちょう。何でここに?」
「はい。タカツキさんと一緒に休日を過ごしたいって思いまして」
「マジですか」
そう聞くと彼女ははにかんで、
「はい。マジです」
と答えるのだった。
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