ていくへぶん〜華麗(?)なる休日〜10
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他人の温かさとほんの少しの寝苦しさとが変な時間に目を覚ますキッカケを作ったようだ。しっかと腕を掴んで離さない彼女を起こさないようにベッドサイドの
小物置きに乗っているスマホを手探りで探し、落とさないよう掴むとスクリーンをオンにした。もちろん光が隣で静かに寝息を立てている娘に当たらないよう
に。
(二時か……)
時間を確かめつつ、他に何件かのメールも来ていた。放っておいてもう一度眠るのも考えたけど変に冴えた頭はそれを許してくれない。
「ごめんね」
ベッドの下に落ちていた抱きまくらを拾い上げて、腕を引き抜くのと同時に彼女の手の中に滑りこませる。すると途端に身体いっぱいにホールドしてしまう。
これこそ抱きまくらの正しい使い方なのだろうけど、力いっぱいに抱きしめられているのを見ると気の毒に思えてしまう。
そっと寝室を抜けて、台所に向かい、冷蔵庫を開く。
二人分の、二、三回分の食事が作れそうな食材が詰まった庫内は新鮮に見える。こんなに食材が充実しているのは何時ぶりだろう。そこからしっかりと冷え
きった缶ビールを取り出してベランダに出ると雲一つ無い青黒く、星が瞬く空が広がっていた。肴には十分すぎるシチュエーション。
プシュッ!!
プルタブを引いて缶の口を開けると気持ちがいい音が漏れる。一緒にほんのりとお酒の香りが鼻をくすぐるのを楽しんだ後で一気に中身を煽った。氷を飲み込
んだ錯覚と炭酸の刺激とホップと麦の苦味が舌と頬を刺激する。冷たさやその心地いい炭酸の痛みは喉を潤してお腹の奥へ染み込んだ。
もう、いっぱいいっぱいというところまで飲み込んで缶から口を離すと、涙が滲んだ。と、同時に、えもいわれない充足感。
それがアルコールの力だとはわかっているけど、一度覚えてしまったこの感覚はビールテイストや発泡酒、第三ビール類じゃ代用できるはずがないし、缶チュ
ウハイでは甘いだけでこんな爽快感は出せはしない。
「あ、そうだった」
メールを確かめるためにアプリを呼び出しファイルを開く。ほとんどはメルマガだけどその中にはチラホラ『休みが羨ましい』とか『クビになったか』とか同
僚と友人からの妬みやら応援? メールが届いている。
まあ、寝てるだろうけどちょっとした嫌がらせとほろ酔い加減に任せて返信しておくことに。返信の内容を考えている間に一本開けてしまった。もうちょっと
ゆっくりやるつもりだったけど……
もう一度冷蔵庫を開けて今度はいっぺんに三本ほど取り出す。それを簡易クーラーバッグに入れて、保冷剤を冷凍庫からいくつか放り込む。これで一時間位は
冷たいまんま。
で、これで本格的に始めちゃう訳だからおつまみ的なものがほしいわけで。
棚を漁ってみるとポテトチップスが一つとイカの燻製の小袋が出てきた。これだけあれば十分に飲める。
場所をベランダからソファへ移して二缶目を開ける。と、丁度開け終わった時にスマホがその身を震わせて着信を告げた。
さっき送ったメールの返事でも返ってきたかなと思ったが、見ると知らない携帯番号からの着信。
基本的に知らない番号からの着信は出ないのだけど、不思議とこの番号の電話は出ないといけない気がした。
「もしもし」
『こんばんわ。このような時間に申し訳ございません』
番号の主は秘書さんだった。
「いいえ。それよりどうしたんですか」
『はい。ミカが何か粗相をしていないかと……今日も強引に貴女をお連れしたようですので』
おおっと。筒抜けだとは思ってたけどこんなに早く連絡が来るなんて思っても見なかった。それだけ心配なのだろう。
「そんなことないですよ? とっても楽しかったですし。ただ」
『ただ?』
「帰りの車を待ってる時に来た男の子がミカちゃんがここに来るのを知っていたのが気になりましたね」
『……あの方ですか』
口ぶりからして知っているようだ。そしてあの方と呼んだ。と、言うことはやっぱりそれなりに地位のある人物であることに間違いがない。
『無理を承知でお願いしたいのですが……』
あ、やばい……
変なことに巻き込まれそうだ……もう既に巻き込まれてるとも言えなくないけど……
「あ〜……私に出来る範囲なら」
何を口走ってるんですかこの口は!
『ありがとうございます』
電話越しにもかかわらずホッとして頬が緩んだのがわかったような気がした。
『本当に出来る限りで構いませんので……』
聞き終わった後で真っ先に思ったのは、
「話し聞くんじゃなかった!」
だった。
「それでは失礼したします」
電話を切り、充電スタンドへ差し込むと充電を示すランプが赤く灯る。その光はわたくしに彼女への願いを危険だと告げるシグナルのように思えてしまう。
しかしながら、彼女へお願いするのがわたくしが奔走するよりは上手く社長を……ミカの気持ちを動かせると思う。そう、思いたい。
いや。
そうな動いてもらわないとならない。
歩む決意と背負う覚悟を決めていただかないと。
しかし、あの小さな肩と背中に、背負うには重く、大きすぎるものを押し付けるのは後ろめたさしか生まれない。
でも、そうしなければいけない事情と理由があって、それをわかってくれているだろうからこの冷たく重苦しい革張りの椅子へ身体を預け、激務に心を砕いて
いる。そう信じたい。
「でも結局はミカ次第……ですね」
小さく気合を入れなおし、遅れ始めている書類の決裁を再開する。これが終わり次第次の手を打たなくては。
彼女にお願いをした手前このようなことをするのは騙し討にするようにも思いますが、どうしても今ひとつ信じ切れない……わたくしの弱さなのでしょう。
しかし、少しでも確率をあげないといけない。
もうその日が迫ってきているのだから。
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