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…………さん! 聞こえますか! …………さん! 聞こえますか!
速度を落として再生したようなくぐもった声が必死で誰かを呼んでいる。その名前に聞き覚えはあったが、誰のことかは全くわからなかった。
「やっばいなぁ……どこいった? ゲッ」
携帯端末を見ると顔が引き攣るのがわかる。上司からの連絡。出ないわけにもいかない。
「もしもし……お疲れ様です〜」
出来る限りに悟られないよう声を作ってみるけど、それがバレるのも時間の問題。
『はい。お疲れ。さっき連絡があった回収物の発送……まだか?』
やっぱりその話か……途端に、苦笑いと冷や汗が出てくる。
「はい。その件なんですが……」
変に隠しだてして後でバレて雷落とされるのと、今話して雷落とされるのとどっちがいいか。聞くまでもないよね……
『なるほど。落として所在不明か…………そうか…………これで何回目だ貴様ァ! 言ってみろ!』
怒声に耳を離すが、その声は三十センチ話したところからでも聞こえてくる。
「えっと……七回目……です」
受話器の奥から盛大なため息が聞こえる。それはこっちだって同じだっての。
『そうだ七回だ……って貴様五回じゃなかったのか!?』
やっば……隠してたのバラしちゃった……
「あ……あれぇ? 聞き間違いじゃないですかぁ? あ! ターゲット発見しましたんで切りますね! 失礼しま〜す」
「待てっ報告書……切りやがった……」
あのバカ野郎戻ってきたら始末書書かせて説教してやらんと……そうだ。
「十分ほど外す」
そう部下へ伝え装備保管室へ向かう。
そして装備一式が入ったトランクを一つ持って屋上へ上がり、転落防止柵に命綱を括りつけて縁へ立った。
ポケットから私物のスコープを出して被り、姿を探す。
「いた。のんきにフラフラしやがって……」
冷静に狙いをつけて構える。目標は、あのバカの後頭部!
「さっさと見つけてこいやああああぁぁぁぁっ!」
思いっきり叫んでトランクをぶん投げ、その軌道を見ながら着弾を待つ。
長方形のトランクは回転しながら飛んで行き、丁度いい具合に長辺のど真ん中が吸い込まれていって……
「よしっ!」
グッと握りこぶしを作り、小さくガッツポーズする。
狙い通り綺麗に後頭部を打ち抜き、悶絶する姿を目に焼き付け仕事に戻った。
……
…………
………………
ふー。ヤバかったぁ……あれ以上聞いてたら鼓膜おかしくなっちゃうところだった。
「ん?」
何かが飛んでくる音がする。それも……
「かなり早い? なんだろう」
他の班の装備配達かな?
などと思っていたのが間違いだった。
「ふぎゅっ!」
後頭部に鈍痛とやっちゃいけない弾け方を迎える衝撃と目から火花とオマケに変な声。そして顔面強打が待ち構えるコンクリートにぶっ倒れ一回跳ねて勢いのまま滑る。
「ををををををををををおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
酷い……ここまでしなくっても……
再びの着信。起きる元気が吹っ飛んだので寝そべったままで電話に出る。文句言ってやんないと。
「課長〜私じゃなかったら間違いなく病院送りですよ。手加減してください」
『は? 寝言言ってないでさっさと仕事しろ。装備一式は送ったからな今度はしくじるな。以上』
それで電話は切れる。
なんでこんな職場にきちゃったかな……予定だともっと楽々に仕事してるはずなのに。
もう少しこのままサボることも考えたけど、今度はトランクどころではない本物の兵器が飛んできそうだったからやめた。
「あ〜あ……行きますか……」
渋々トランクを拾って中身を確認し、落し物を探しに身を躍らせた。
「ん……あ…………」
どこだ? ここ……
目を覚ますとどっかのビルの屋上のヘリポートで大の字になって寝ていた。
「なんか呼ばれてた気もするんだけど……うあ……あったま痛ってぇ……」
頭でも打ったんだろうか。そう思ったけどそれなら目を覚ますキッカケになるはずだからな……う〜ん……まあいいか。取り敢えずここから出ないと。
出入り口は……あそこか。扉を開けようと手をかける直前、微かだが声が聞こえ、こっちに近づいてくるのがわかる。
ヤバッ隠れないと。
いくらわからないって言ってみたところで信じてもらえるわけがない。それに話をする以前に警備員がすっ飛んできて捕まるのが関の山だ。
咄嗟に出入り口の影に隠れると扉が開きスーツ姿の初老の男が数人連れ立って出てくる。
その隙に開きっぱなしの扉に滑り込んで、エレベーターじゃなくて階段で少し下へ降り、そこから下に降りるエレベーターに滑り込んで外に出た。
「しかし、ここってどこだ?」
ヘリポートもそうだったけど、このビルも目の前の通りも全く知らない。調べようにも携帯無いし財布も無いって……どうしろってんだ。
なんだコンビニあるじゃん。あそこ行って聞いてみるか。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、まだこびり付いて剥がれない不安を抱えてコンビ二に着くとその不安が的中する……
入口の自動ドアが開かないのだ。
「嘘……だろ?」
まさかと思い、いったん離れてもう一度センサーの真下に立つ。それでも開く気配が無い。何回繰り返しても結果は同じ。
センサーに直接手をかざそうが、マットを何回か強く踏んでみようがウンともスンとも言わない。
イライラが募る。
「開けっての!」
イラついたあまり自動ドアを蹴ってしまう。が、手応えが全くなくて足が、足が……
「すり抜け……え?」
すり抜けたことに驚いていると、唐突に扉が開き、後ろから人がに気づかず身体をすり抜けて中に入って自動ドアが閉まる。
それが信じられなくて恐る恐る右手を自動ドアに突っ込む!
「うわぁ! うわっうわっうわっ」
本当に通り抜ける……!
驚きのあまり手を引いた勢いのまま尻餅をつくが、誰も気に留めない。それどころか何人も俺を踏み、通り抜けてゆく。
「なんだよこれ……なんなんだよ!」
「あ〜いたいた」
間が抜けたというか、楽天的な声に振り向くとタブレット端末片手に折りたたみ傘を逆さに持つ痛ったい女の人がこっちに向かってくる。
ヤバイ。関わっちゃいけない人種だ。
気が付いていないふりをして黙って立ち上がる。
「あの、ちょっと話があるんですけど……」
何か言っているが相手にしてはいけない。
「こういう時は……」
逃げるに限る!
痛ったい女に向かって走る。
「え? ちょっ……」
両手が塞がっているのを利用してその横をすり抜け人ごみに紛れると、人をすり抜け息が続く限りに逃げた。
そして、ビルとビルの間に身を隠す。
追ってきてる感じはしないから多分大丈夫だと思うけど……
なんであの人には俺のことがわかったんだ?
ここまで来るまで散々人をすり抜けたけど誰ひとりとしてぶつからなかったし気がつかれなかった。何よりあんな痛ったいモノ持って歩いてたにもかかわらず、あの女の人を誰も好奇な目で見てなかった。
「痛って……」
また頭痛に襲われる。
「何なんだよホントに……」
項垂れるしかできない。誰にも見えてないとは言え溢れるのを晒すのはいやだった。
「理由。知りたいですか?」
壁の向こうからさっきの女の声がすると、ヌルリ。と効果音がつきそうな出てき方をする。
「あれ? 驚かないんですね」
至極残念な表情で至極残念そうに言う。
イラついたが、忘れることにした。
頼れそうなのはこの人だけっぽいから。
「まあ……ね。自分でも大分体験したし……」
何よりもう限界だった。他人も物もすり抜けてしまうこの身体に。
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