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場所変えよっか。その提案に乗って暗くジメジメしたビルの間から抜け出して、日が注ぎ始まった高層ビルの屋上へ。
日を覆っていた曇が切れて日光がカーテンのように注ぎ、殺風景で感情を殺されそうなビル群が神秘的に見える。
遠い向こうまで見通せ、カーテンを一望できるところへ腰掛ける。その隣では肌白で腰まで伸びた艶のある黒髪をなびかせながら鼻歌混じりにニコニコとトランクの中を整理するスーツの女が座る。
その絶対独特音感で奏でられる鼻歌が折角の色白美人を台無しにして有り余るほどの破壊力で、最前に感じた「痛ったい女」のイメージを強くさせる。
「はいこれ」
出てきたのは缶コーヒー。でも、見たことがないメーカーのもの。
「あ、ありがとう……」
受け取りはしたものの、飲む気にはなれず手の中で転がす。
そんな俺の横顔を少しの間眺めると、おもむろに口を開く。
「何から聞きたいですか」
言葉に詰まる。
聞きたいことがありすぎて、どれから聞けばいいかグチャグチャになって頭の中を巡る。
あなたはなんなのか。
姿が見える理由は。
俺はどうなったのか。
頭痛の理由。
挙げればキリはない。
それこそ明日の天気とか、サッカーの国際試合の結果がどうなるかとか、全く関係ないことを聞いてしまいそうだ。
そんな俺の苦悩を知ってか知らずかこの人はじっと俺を見つめ答えを待つ。
その瞳は落ちたら二度と這い上がれそうがないと想像させるほどに深く、暗い。こんな瞳に睨まれはしないが、見つめられると恐ろしいものを感じてしまう。
「あなたの名前は……何て言うんですか」
だから。ではなかったが、口からついて出たこの質問はマヌケだろう……
懐から出した銀色のケースには天使のような翼と悪魔のような羽が交差して描かれていてその真ん中に炎のような、昔の日本の怪奇映画で見た火の玉のような絵が印刷されている。
「はい。名刺をどうそ」
差し出された名刺の左上にもこれと同じマークがあって、そこには……
「ヘヴンズカンパニー第三七一魂回収部所属。タカツキです。宜しく」
「はあ……」
名刺を受け取り、今更ながら握手を交わす。
しかし、会社名は元よりたましい回収? なんて聞いたことがない。
「……どんなお仕事なんですか?」
「だから、魂回収のお仕事。え〜っと……運ぶわけだから……あなたたち風に言えばさしずめ天使ってところかな」
言ってることがわからない。
他人に気がつかれることがなくて、壁くらいならすり抜けられる身体……
にもかかわらず、この人には見えて触れて同じように他人に気がつかれず壁を抜けられる。そんなの……まさか……
「俺は……しん……」
言い切らず、飲み込む。
信じられない。信じられない。信じたくない。
夢なんだきっと。
「悪いんだけど……夢じゃないのよこれが」
空になったコーヒーの缶をトランクにしまうと俺の前に仁王立ちになって言う。その顔に、薄い笑みすら浮かべて。
その小馬鹿にしたような態度が、苛立ちを煽り沸騰させる!
「夢じゃないなら……何なんだよ!」
言葉の勢いも借りて胸ぐらを掴み絞り上げる。
「現実よ? まあ、君と私にとっては泡沫にもならない塵みたいな現実だけど。それと手、放してくれないかな?」
このまま殴る気でいたが、思いの他素直に手を離してしまった。逆らうつもりがどうしてかできない。
崩れた胸元を直しつつ、しっかりと寄せ上げられた谷間を見せつけて俺が狼狽えるのを楽しむと「じゃあ行きましょうか」とにこやかに微笑む。
「どこへ?」
「イ・イ・と・こ・ろ」
……聞いた俺がバカだった。来た道を戻ってエレベーターに乗ろうとすると、自称天使が血相を変えて追いかけてきた。
「ちょっと! どこ行くの!」
「どこって……どこか行くならここから出ないとでしょ?」
ああ、でも壁抜けられるんだからわざわざエレベーター使わなくってもいいのか。でも下り方なんてわかんないぞ……
「そこの迷っているせーねん。助けてしんぜよう。手を取りなさい」
仰々しく手を差し出され思わず取ると「放さないでね」と念を押し壁に向かって歩き出す。エレベーターを抜け、オフィスを通り、高層ビルの窓に外に向かって一直線に進む。
「え? え? え? え?」
落ちる! と思いきや壁をすり抜け空中に身を躍らせるが落ちる。なんてことはなく、それどころか普通に歩くことができた。
「そんじゃ行っくよん」
そう言うとタカツキさんの背中には白い翼が生えたように見え、羽ばたくと景色が新幹線に乗った時のように流れ始める。
それでも。と言うかやはり。と言うべきか風も、何も感じない。動いているのは世界で、俺たちはその中で動いているフリをしているのではないかと錯覚してしまう。
「もうちょっと早く行くよ!」
もうひと羽ばたきすると、辛うじて見えていた景色は線と色だけになって動いてること自体を疑ってしまう。
「どこ、行くんですか?」
「……行ったらすぐわかるよ」
ちょっと前まで感じていた、活発さが引っ込んで不安が混じった声を聞いてしまう。だがそれもこの一言だけだった。
「着いたよ……大丈夫?」
「はい……ううぅ……」
直前まで線と色だけだった世界に形が現れて混乱して気持ちが悪くなり項垂れる。そこで気がついた。
「ここって、病院?」
タカツキさんがするように足元の建物を見下ろす。
見覚えがあるなんてもんじゃない。
「そう。ここに君が求めた答えがある」
幼い頃から何かあれば来ていたところだ。見間違えるはずがない。
手を引かれ階段を下りるように建物へ近づき、そのまま部屋へ入る。
そこは広い部屋で、ベッドが一つ。
そこには誰かが寝ていてベッドの周りには点滴台といくつもの機械が並び、機械から伸びたコードがベッドに横たわる誰かに繋がれている。
規則正しい機械の呼吸音と、心音を刻む電子音だけが響いていた。
「確かめてきて」
背中を押されベッドの横まで押し出される。
「ホントに……現実だな……」
寝ているのはしっかりと包帯にくるまれている俺……
苦笑しか出ない。
「……本当に」
死にかけている自分を見ていられず目をそらす。
受け入れ難く、受け入れざるを得ないことが呼吸を心拍を加速させる。
はは……そんなわけないよな。
この身体でそんな生理現象なんてあるわけがない。
それでも頭を縛り付ける疼痛は増していく。
「なんだよ……ホントに……」
「ちょっとゴメンね」
タカツキさんの指が頭に添えられる。
「えいっ」
静電気と同じ音とショックが走るとタガ、とでも言えばいいだろうかその何かが外れて忘れていた事が溢れ出す。
ああ。思い出した。
トラックに轢かれたんだっけ……
「どんな理不尽だよ……ただ歩いてただけで」
そう。それだけだ。
それだけなのに、多少悪いこともしたが、謝れば済む範囲での事しかしていないのにこの仕打ちは何なんだよ……!
「なあ、タカツキさん……あんた天使なんだろ。ならこの理不尽をどうにかしてくれ…………」
「ごめんなさい…………」
謝るなよ……そんなこと言うなよ…………なら、
「ならなんで俺をここに連れてきた!」
声と一緒に放たれる波動が私を弾き飛ばして壁に叩きつける。
「あぐ……」
甘かった。まだ侵食は浅いと思ってたのに。
「だめよ。怒りは他の悪意を呼び寄せる。飲まれたら……」
「黙れ! 俺は……おれはまだ死にたくないんだ! どうにかしろ!」
私は首を横へ振る。
「できないの。もう、君の身体との繋がりは切れてしまったから」
やっぱり、こうなっちゃったか……
本当なら彼の意識は眠ったままに回収されるはずだった。でも、私が落としたショックで目が覚めてしまった。
本来なら死して放出された魂を回収するのだけれど、彼のように肉体は生きているものの、肉体と魂のリンク――精神―――が切れてしまい彷徨う者となった魂を説得、回収する特殊事案もある。
死んだことを納得させて連れて行くのにこうやって自分の肉体と対面させ
るのが通例なのだが、彼の魂は『剥離』を起こしてしまった。魂と肉体を繋ぐ為の精神が切れてしまって、もう肉体には戻れない。そのせいなのか剥離をした魂
はそれに耐え切れず、他の何かを呪い、悪霊になりやすい。
「ふざけんな…………俺はまだ死にたくない……なんでこうなった。なんでこうなった。なんでこうなああああああああああああ!」
瀑布のように入り込んでゆく悪意を止めることができない。近づこうにもあまりにも瘴気が強すぎて何も対策を講じていないままでは過ぎ去ってくれるのを待つ他なかった。
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