ていくへぶん 3

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 悪意が彼の姿を変えると病室から飛び出す。それは鬼と呼んで差し支えない姿。
 それを追い、私も病室を後にした。
 携帯に着信。課長からだ。

『悪霊化が確認された。よって開放が許可される。速やかに浄化し、こちらへ発送しろ』

 そう告げ、電話は切れた。
 続けざまに着信。今度は管理部から。

『開放許可が降りましたので開放コードを送信します。制限は五分間。これ以上の開放はあなたの存在と三次元世界に多大な影響が及ぼされるのでくれぐれも注意してください。浄化完了後は速やかに解除、コードの返還を』

 私――私たち回収員には悪霊化した魂を浄化する為の力をそもそも持ち合わせている。しかし、それをおいそれと使うことを許されていない。
 この世界において悪霊化した魂と同じくらいに異物である浄化能力を常時開放状態に置いておくと次元の境界が曖昧になり、多元次元からの不必要な干渉やズレが生じる可能性があるそうだ。
 世界に干渉するかしないかの線上にいる悪霊を浄化するのにそれだけの物が必要か? 研修生の頃教官に聞いたことがあったっけ。答えは「力があるに越したことはない」だそうだ。
 ただ、ズレを引き起こせるまで開放しておくと、自分が次元の狭間に食われるか存在からきえてなくなるそうで……

「わかりました」

 電話を切り、コードの受信を待つ。
 急がないと……!
 これでも全速力で追いかけているんだけど、見る見るうちに彼の姿は遠くなり見失ってしまった。だが、行くところは大体わかっている。
 人が多く集まるところ。
 人が多いところは総じて悪意が濃い。そこで溜め込んだりしたら本当に人へ害を成すようになってしまう。そうなれば戦闘部が出張ってきて浄化どころの話ではなくなる。
 削除認定が出てしまった魂をどこまでも追い続け、確実に器ごと魂魄を破壊する。しかも独自の判断で動いてくることが許されているから昔っから私たち回収部と折り合いが悪いし、悪霊化した魂に容赦がなくて困る。
 魂が魂魄が壊されるということはこの宇宙の構成を破壊するのと同義なのにあいつらはそれをわかっていない。

「早く……早く終わって……」

 コードの受信は終わったものの、今度は私へのインストールに時間がかかる。その間は動くことができない。動けば最初からやり直し。
 この間戦闘班が動き出さないことを願うことしかできなかった。


 光だ。
 あったかい、光。
 沢山。
 なんて幸せそうなんだ。
 それなのになんでだ。
 生きているのに疲れた顔しているのは。
 俺にあてつけてんのか。
 なら俺にその身体、譲ってくれよ。
 死にたくないんだ。
 まだ生きてやりたいことがあるんだ。
 ほら、手伝ってやるよ。
 これだけたくさんつかれたにんげんがいるんだ。
 おれのためにしんで、からだをゆずってくれたってもんだいないじゃないか。
 くちぐちに「つかれた」「しにたい」っていってるんだから。
 ほら。ひとりめだ。
 おとすところ、たすぎたかなかな。あたまがつぶれちゃった。
 ま、いっか。
 これでおれのからだができた。
 あれ?
 なんではいれないんだ?
 あれ? あれぇ?
 …………
 なんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだ。
 あっ。やりすぎてぐちゃぐちゃにちゃった。
 もうこんなのつかえないや。
 きっとおおきかったからだめだったんだ。
 なら、こんどはちいさいからだにしよう。
 こんどはあたまがつぶれないようにしなきゃ。
 またはいれなかった。
 なんでだ。
 なんではいれない?
 おおきいのも、ちいさいのも、みずみずしいのも、しわしわのも、いっぱいためしたのにどれにもはいれなかった。
 そんなに「ここ」はおれがきらいなのか?
 きらいだからつらいおもいをしないといけないのか?
 なら…………こんなところ………………
 コワシテシマエ。


 インストールが完了し、力が解放れる。
 そのおかげで彼の居場所が手に取るようにわかったのはいいが、彼の周りには沢山の魂も感じられる。

「やばい……ね」

 本当に時間がない。これだけ大きくなってしまった悪意の波動はもう戦闘部にも知られているだろう。
 後で始末書何枚書かされるかわかったものじゃないけど、それで彼が助かるなら安いものだ。
 翼を広げて舞い上がる。一刻も早く助けに。


 彼がいる路地の裏にたどり着くと死臭漂う地獄絵図が広がっていた。
 老若男女関係なく何者かがわかる程度の形で撒き散らされる肉片が壁に張り付き赤を滴らせる。
 その最奥に彼が、いた。
 大きく膨れ上がった背中を丸め、スイカでも割るように汁をふんだんに含んだ何かを殴りつけている。
 その腕もついさっきの彼のものとは比べ物にならないほど太く巨きく、朱に染まっているのが見て取れた。恐らく殴りつけているのは……

「やめて」

 声が出た。
 それまで気がつかれていないようだったから、そのまま後ろからケリを付けれようとも思ったけど、できなかった。
 まだきっと説得ができる。そう思ったから。
 でもそれは私の希望。そしてその希望は容易く、息を吸って吐くぐらい容易く吹き飛ばされる。
 振り向いた彼の顔は醜く膨らみ、面影はない。見たままに背中と腕は大きくなってはいるが腰から下は細くアンバランスさが恐ろしい。
 その太く巨きい腕が突き出された。それに気がついたのはその一撃に飛ばされた後、アスファルトに身体を預けた時。
 いくらアスファルトで削られようと、拳銃で蜂の巣にされようと全くダメージなんて受けはしないのだが、悪霊化した彼から受けた拳打は肋骨と偶然防御した左肘を砕く。

「あくぅ…………」

 悶絶しようにも折れた肋骨が刺さり霊子を吸い込むたびに激痛をもたらす。その痛みは肘が折れているのを忘れさせる程に痛い。

「オレハマダ……シニタクナイ……シニタグググガガガガアアアァァァ!」

 彼の周りにあった魂が理不尽な死に憤り、思いを吐き出す。その思いが、彼の思いと吸い込んだ悪意に共鳴して膨れ上がり、彼を飲み込んで更なる異形へと姿を膨らませてゆく。
 最早、人でも鬼でもないただの意識と悪意の塊が空を覆う。
 これ以上は……彼も、これに巻き込まれた魂にも苦痛でしかない。

「コード開放。『take heaven』」

 光が私を包み、傷を癒し本来の姿へ戻る。
 そして一気に空へ駆け上がり、宇宙(そら)と空の境界まで上がり左手を天にかざすと円陣が現れ私の光を具現化。弓の形に姿を現す。そして右手には同じように矢が具現化する。
 矢を弦につがえ、引き絞り…………放つ。
 矢が手元から離れた瞬間、何条にも分派し飛んでゆく光が悪意の雲を貫き、それを形作っていた魂を打ち抜いて浄化する。
 同じようにもう一度矢をつがえ、この悪意の中心になってしまった彼へ鏃を向ける。
 その先にありったけのごめんなさいと悔恨の念を乗せて放たれた矢は真っ直ぐに彼へ突き刺さると、内に吸い込んでしまった悪意を吐き出し次第に穏やかな表情に落ち着いていき、そして――


 穏やかな風が緑の匂いを連れて駆け抜ける。
 あの人。タカツキさんには悪いことをしてしまった。傷つけてしまった。
 なのにあの人は笑顔で俺を送ってくれる。
 関係ない人を沢山巻き込んでしまった俺を。
 俺の方こそ謝らなければならないのに……
 ああ、そんな顔しないでください。俺は、あなたでよかったっておもってるから。
 ありがとう――


「そこにいたか」

 会社の屋上で一人佇んでると背中に課長の声がして、近づいてくる。
 こんな顔見せられないから手早く整えて振り向く。笑顔の仮面をかぶって。

「どうしたんですか」

「あ……その、なんだ」

 どうにも居心地の悪そうな顔をして口ごもる。バレてる……んだろうなぁ。

「サボるなって言いに来たんですよね」

 思いついたように、そうだ。と頷くと私の隣に来て柵に寄りかかる。
 それから何か言うんだと身構えたけど何も話すことなく風だけが流れて、優しく頬を撫でた。なのに、重くて重くてたまらない。

「初めて――だったんですよ。今回みたいなこと」

 思っ苦しい沈黙が耐え切れなくなり、私から口を開いた。

「関係がない人を巻き込んで……折角受けた命を散らしてしまって……私が殺したようなもんです」

「そうだな」

 辛辣にも思える言葉に鼓動が跳ね上がるが、変に慰められるよりずっとありがたかった。

「もっとうまくやれば……落とさなければ……」

 せっかく枯れたと思った涙が流れて、嗚咽が漏れる。こんなの誰にも見られたくなかったから屋上に来たのに。

「ほら。使え」

 ひとしきり泣くとウェットティッシュと缶コーヒーが差し出される。

「そう思うなら次はもっとうまくやれ。それが一番の供養になるんじゃないか」

 ポン。と優しく頭に手を置くと、階段へ消えていった。
 そうだよね。彼もそんな顔するなって言ってたんだもん。
 ……仕事しよ。
 ウェットティッシュで涙を拭い、缶コーヒーを一気に煽り飲み干すと階段を下ってオフィスに戻る。


 オフィスには課長が一人で、書類の整理をしていた。

「少しは元気出たか」

「はい。それでですね課長」

「なんだ」

「最近働き詰めなんでお休みが欲しいなぁって……」

「ほう……テメェ俺がどんだけテメェの後始末してっか知ってて言ってんだろうな」

 あっ。地雷踏んだかな?
 プルプルと震える肩がどれだけ怒っているかを如実に語っている。
 だけどすぐに震えが止まって何か企みのある顔を向けた。

「まあいいだろう。休みが欲しいならくれてやる」

「ほんとうですか!?」

「ただし! これからする三つの提案のどれかを選んだら。だ」

 休みがもらえる。それに目がくらんでそれに乗ったのがまずかった。

「まず一つ、給料十割カットオールシーズンオフ。二つ目、始末書と報告書七件分と俺の説教。 三つ目、現場五つハシゴと並行してその報告書作成。どれか一つ受ければ終わり次第休みにしてやる」

 これ、どれを選んでも地獄……だよね……
 一つ目選べば辞職宣言ってことだし、二つ目選は精神的に参っちゃう。三つ目は精神的だけじゃなく肉体的にもキツイってことだよね……
 あうぅ……どうしよう。どれも嫌だ…………そうだ!

「あの、第四の選択で今すぐ現場に行くっていうのはいいでしょうか」

 一瞬、ニヤリ。と口元が歪んで「引っかかった」みたいな顔しませんでした?

「ほう……殊勝な心がけだな。いいだろうそれを採択してやる。となると……当分休みはいらないんだな」

 耳を疑う言葉が出た。当分お休み無し!?

「えっ? えっ? えっ?」

「俺が何かおかしい事言ったか?」

「だって、今すぐ現場行ってお仕事終わらせてくればお休みくれるんじゃ……」

「何言ってるんだ? それはお前の提案だろう。俺の提案じゃないから休みはやらんぞ?」

 変な提案するんじゃなかった。しかしもう後の祭り。通ってしまった以上覆りはしない。

「……現場行ってきます」

「うむ。しっかり働いてこい」

 別の意味で泣けて来るのを堪え下界へ降り、新しい現場へ向かうのだった。
                                      
                                                                                                                             ―了―


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