あめ玉の想い
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今はまだキスの代わりに――――
君は少しだけ怒った顔を見せながらも手のひらに落としたあめ玉を頬張る。顔色を伺うと、それなりに満足をしてくれたみたいだったが急に表情が曇り僕に背
を向けてしまった。
なんで背を向けるのか……その理由を僕は知っていた。
流す涙を見られたくないから。
だから僕は口を紡ぎ、振り向いてくれるのを待ち続ける。
今、僕が何か声をかけたところで、彼女が流す涙を止める手段も、振り向かせる言葉も思いつかない。
ただ、ひとつを除いて。
そうしてしまえば酷く簡単な事で、とても重い思いを含んだ言葉。それが彼女が望む言葉。彼女が求める言葉……
それは彼女が僕に抱いているものときっと同じ感情で、どちらから求めてもたどり着く結果はひとつに収束するはず。違いは僕からなのか、彼女からなのかだ
け。
拒むなんてことはありえくて、互いに身を委ね合うだろう。
でもそれは……できるわけがない。逢うたびに伝えられたらと思うほどにこの想いは育っていく。でも、この気持ちが育つたび、同じくらいに黒くて直視でき
ないしたくない想いまで一緒に育っていく。どうしようもないドス黒い欲望が。
きっと君はそんな僕のドス黒い欲望も飲み込んでくれるだろう。それこそ自分の身が傷つくことになっても。
今はまだ思いに身を任せることはないけど、いつ爆発するかわからない……
そんな自分を封じ込めたくてあめ玉を頬張る。僕の思いとは全く反対な色をした、薄い桜の色をしたあめ玉を。皮肉な色のあめ玉を。
口いっぱいに広がる甘さと香りは弾けそうな想いを押し留め、意識の奥底へ押し込む。これはその為の儀式。だからなのか、甘いはずのあめ玉は苦くて、辛い
味がしてたまらない。
なんで、なんでこんなにただ「好きだ」って想いだけで、言葉を意識するだけでこんなに痛いんだ……
「ねえ、もう一個ちょうだい」
突然響いた彼女の声に意識を鷲掴みされて違う場所に飛んでいた僕は現実に呼び戻された。ついさっきまで泣いていたとは感じさせないその表情は、吹っ切れ
たと言うか、何かを決意したようなすっきりとした顔をしている。
「ん。いーよ」
もう一度あめ玉を渡すと、見惚れるほどに眩しい笑顔を浮かべ頬張る。ずっと見ていたいと思わせるだけの輝きを放ち、つられて笑顔が引きずり出される。
でも僕は、まだその笑顔に答えられるだけの覚悟ができていない。だから、想いはまだ深く深く仕舞っておこう。
ごめんね。今は代わりで待っていてほしい。
だからもう少しだけ溶けるのを待っていてはくれないか?
僕が準備を終えるまで。君の想いに答えられるようになるまで。
どうか、溶けないでいてくれ――――
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