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 どこかの倉庫に車が並ぶ。
 どれも役目を終えた者達。それが静かに解体、破壊されるの待つ車置き場。
 だが、そのどれも所有者に大事にされたことがわかる。どれも使命を終えることを誇りに思っている顔をしているのだ。
 これはその中の一台が隣にあった一台に語った話――――

 あー……暇だ……
 順番待ちはだから嫌れぇなんだよ……やるならサクッとやっちまってくれねぇもんかね。

「……さん」


 ま、こんだけ並んでんだそれもしょうがねぇのかね……


「お……さ……」


 しかしどれもこれもオイラより新しいじゃねぇか……まだまだ走れるのによお。


「おっさん!」


 事故ったりはしてねぇようだ。もったいないっておもわねぇのか?


「おっさんってばよ!」


「うるせぇな! 若造!」


 静かに待つってことができねぇのか? まあそりゃぶっ壊されるの待ってるわけだから落ち着かねぇのはわかるが。


「怒らなくったっていいじゃないか。呼んだのに返事しなかったのはそっちなんだからさ」


「だからって叫ぶのもちげぇだろうが」


「それは謝るけど……それよりおっさん暇でしょ? ちょっと話しようよ」


 何を持って暇って言ってんのかわからねぇが、まぁ乗ってやるのもいいだろう。怒鳴っちまった手前もあるからな……


「仕方ねぇな。何の話すんだ?」


「おっさんの持ち主の話が聞きたいな」


 オイラのかよ!

 そう言いそうになっちまう。だけどよ、若造の話聞かされたってこっちは面白くもなんともねぇ。それによ、こんな機会でもなけりゃあの小僧のことなんざ語 りもしねぇだろうしな……

「長ぇぞ?」


 念を入れたわけじゃないんだが、そんな言葉がでちまう。


「いいよ。時間はたっぷりあるし」


 折角の思い出を軽々しく……なんて柄じゃねぇな。


「しょうがねぇ。そんじゃ……出会ったとこからだ。あれは確か……」



 十二年前の冬だった。
 雪がちらつきやがるクソ寒い空の下、オイラは雪をかぶって中古車販売店の軒先に並ばされていた。
 そこは結構デカい店で入れ替わりが早く、並んだそばから売れちまって出て行くほうが多いそんな店だった。そんな店にもかかわらずオイラは中々買い手がつ かずにいて店の連中も困っていたぐれぇだ。
 それもそのはず、ツーシーターのマニュアル車でくっついてるオーディオはラジオとカセットだけ。オートマ主流でCDオーディオが付いているのが普通のご 時世にそぐわないオイラが売れる道理は無ぇ。
 にもかかわらず、だ。免許取り立てに毛が生えた程度のカセットテープなんぞ知らなそうな小僧がオイラを買っていきやがった。正直、勘弁してくれって思っ たよ。エンストしまくって気持ちよく走れねぇんじゃねぇかってよ。
 だが、それはオイラの杞憂で運転はかなり上手かった。
 クラッチの繋ぎ方からギアチェンジ、アクセル、ブレーキワーク。どれをとっても滑らかそのもの。これほど快適に走ったのは新車だった頃、工場から出荷さ れる時の積み込み以来かもしんねぇ。
 それからだ。色々変わっていったのは。
 まず始めにオーディオが変わっな。CDチェンジャー機能付きのやつになってスピーカーもいいやつがくっついた。
 すると休みごとに遠くに走りに行ったもんだ。
 何枚かその頃の流行りの歌を積み込んでよ。ありゃあ楽しかったな。
 そんで長い休みになりゃ北は北海道、南は四国まで行って。色んなモンを見たよ。
 そういや何回か愚痴も聞かされた。どうやら仕事ができない上司に八つ当たりされたりこっ酷く言われたりしたようだ。
 その度に走り回って大声で叫ぶのに付き合わされてよ……どうせ荒い運転するんだろうって覚悟してりゃ、口は荒れて悪いのによ運転は滑らかそのものだった のは可笑しくて仕方なかったわ。


「はぁ……すごい人だったんだ」

 話している途中も「はぁ〜」とか「へぇ〜」と相槌を打ってくるのが少しウザったかったが小僧を褒められてるって思うとマフラーがむず痒くなってきやが る。

 いけねぇ。ちっとした自慢みたいになっちまった。

「羨ましい……俺オートマなんだけど、買ったのがヘッタクソで……そんな綺麗な思い出なんてないんだよ……あ〜あ俺もおっさん転がしてた人がよかったな」


「そんなに酷かったのかい?」


「そりゃもう! 急発進、急ブレーキ、急ハンドル、空吹かしは当たり前。車間詰めすぎてぶつかりそうになるからクラクション無駄に鳴らすし、折角エアロ組 んだのに車高低くなりすぎれ割れちゃって……そしたら『ポイ』だもの」


「で、ここってわけか」


 急に押し黙る。図星ってわけだ。


「でもいいんだ。あんな下手くそに潰されるよりパーツ取りしてもらえればそれで」


 この若造みたいに若い車は使える部品が多いし鼻っからそういう風に作られてるからいいが、オイラみてぇな古い車は余程の付加価値がねぇ限りはバラすだけ バラして終わるだけ。

 終わるだけのオイラと違って、別の形でまた使われるのは羨ましくも思えちまう。

「そんなことよりさ、もっと聞かせてくれよ。おっさんとその人の話!」


「しょうがねぇな……」


 そう言われて悪い気はしねぇもんだ。つい口が軽くなる。



 よく洗車もやってもらった。
 洗車機にぶち込まれるんじゃなくて、冬でも手洗いでな。
 カーシャンプーやら水垢落としやらガラスの油膜取りに撥水コートを買い込んで隅々までピカピカに仕立てられて、もちろんその後にはワックスがけもしっか りと小僧の顔が映り込むぐらいまで磨かれたもんだ。
 雨と埃で汚れたオイラが綺麗になっていくのを見て嬉しそうにしてやがって。
 そんな顔するくせに、オイル交換で整備工場に行って店員に渡すときはありえねぇぐれぇ不安そうな顔しやがんのさ。
 精々、ランプ類かワイパーがオシャカになってるぐれェしか具合が悪くなることなんてねえってのに……そんで終わって戻ってくるとよ、腰が抜けそうなぐら い安心した顔しやがんだ。
 どんだけ好かれてんだかよ。ホント。



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