付喪レコード2

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「羨ましい……何だその人」

「そうか? ちょっと鬱陶しいだけだろ」


「そんなことないって。それだけ好かれてるなんて冥利に尽きるだろ」


 まあ、鬱陶しくはあったがよ、その、う……うれ……


「他に載せた人とかいたの?」


 出てきそうになった言葉を急いで飲み込む。

 ……あぶねぇ。柄にもないことを思いっきり吐きそうになっちまった……

「おっさん?」


「あ? な、なんでい」


「いや、だからその人以外に誰か乗せて歩いた人っていないのかって」


「何人かいたな」


 そう聴かせると若造の声が下世話な響きを帯びる。


「で? その中に女は何人いたんだ?」


 何を聞くかと思えば……


「そんなの教えるかよ」


「え〜! いいだろう。教えてよ」


 しつこい。やっぱり無視を決め込んでりゃよかったぜ。


「聞いたって面白く……はあるかもしれねぇが、おいそれと話すことじゃねぇんだ」


「いいじゃん。どうせ他に聞く奴なんていないんだから。冥土の土産だと思って……頼むよ」


 懇願を込めた声がオイラのエンジンに突き刺さる。迂闊に話したのが運の尽きか……


「わーった! 話してやるよ!」



 オイラは小僧の母親以外に二人だけ女を乗せて歩いたことがあった。
 一人はそりゃぁケバいネーチャンで純朴な小僧には見合わないったりゃありゃしねぇ。山みてぇに盛り上げた髪と、香水と煙草が混ざった臭いが臭くてかなわねぇ……そしてとにかく話も合いもしねぇんだ。
 なんでそんなのと仲良さそうにやってんのか理解に苦しんじまう。
 ま、三ヶ月として持ちはしなくって女が一方的に別れる別れないって喚いてあっと言う間に終わった。早い内に縁が切れてよかったとはおもったがな。
 それでも小僧にはショックではあったようで、それなりにヘコみはしたがあれよりマシな女は沢山いるんだ。いい勉強になっただろうよ。
 それから何年かは女を乗せるなんてことから遠ざかって久しくなった頃だ。
 仕事が休みの日だってのに朝から妙に張り切って、しかもおめかしまでして緊張までしやがって。
 おかしいって思いながら走ってりゃどっかのコンビニに入って今度は待ちに入ってソワソワ、ソワソワしやがる。
 その時、オイラはピン! と来たね。女を待ってやがるなってよ。
 すると案の定、女が一人こっちに向かってきやがる。そしたら小僧のやつドアがもげるんじゃねぇかってくらいで開いて飛び出して女のところに一直線。そのままコンビニに入っていって、飲み物と食いもん買って戻ってきた。
 で、話聞いてりゃ二人でどっかに行くらしい。
 まぁ、その間のオイラん中は甘酸っぱい空気が充満してかなり参りはしたが、不思議と嫌な空気じゃなかったな。さっき話した山盛りネーチャンよりずっといい。
 格好は……なんてったっけなぁ……あれだよ……そう! 『かわいいけい』だ!
 それで守りたくなる感じがしたって言ってやがったな。で、その嬢ちゃんを何回か乗せてだ。これまた色々行ったってわけだ。
 泊りがけだったり、日帰りだったりな。
 時にゃ仕事帰りに乗せて嬢ちゃんの家まで送っていったり、小僧の部屋に泊まっていったりってのもあった。
 そんな付き合いが三年ぐらいだったか? それぐらい付き合えば当然喧嘩のひとつもすらぁな。
 一番ひどかったときのは小僧の言った「このアーティストそんなにいいの?」って一言だった。
 嬢ちゃんはだいぶ聴き惚れてたみたいだったからな……言っちゃいけねぇ文句だったわけだ。
 それから火がついちまって言い合いの始まりよ。
 嬢ちゃんがこんこんとその歌い手がどんなにいい歌い手か語るわけだな。それこそ歌詞やら音やら。
 でもよ、小僧も小僧で好きな歌い手がいるわけじゃねぇか。丁度嬢ちゃんが持ってきてたCDの再生が終わったから今度は小僧の好きな歌い手のCDをかけ始めるわけだ。
 したら今度は嬢ちゃんだよ。
 同じように「このアーティストそんなにいいの?」って聞いちまった。お返しだったんだろうな。
 そしたら小僧の野郎オーディオの電源切りやがってだんまり。閻魔様も裸足で逃げ出すぐらい険悪になってひとっことも喋らねぇんだよ。そんなのがうつったのかオイラもちぃとばかし具合が悪くなってな、珍しくエンスト起こしちまって。
 他の野郎どもがいなかったからよかったが、いたら大変な目にあうところだったな。後にも先にもエンストはこれっきりだったが。
 結局そのまま喧嘩別れしちまって二週間ぐらいたった頃だな。
 小僧と嬢ちゃんが一緒に働いてる連中が気を利かせて二人を合わせたらしくってな。その日の帰りは二人で前以上に仲良くなってて驚いたもんだ。


「それでその人とはどうなったの」


「せっかちだな。これから話すところでぇ。話の腰折るんじゃなぇよ」



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