ていくへぶん〜華麗(?)なる休日〜3

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「ごめんなさい……」

「いいんですよアレぐらい」

 俯く社長に声をかけるがそれが返って余計に落ち込ませる要因になってしまったみたいだ。
 原因はさっき降りたバスの運賃の支払いについて。私も乗り方を知っているのか聞かなかったのが悪かったし、常に電子決済で済ませちゃってるから普通の乗 り方を忘れかけていた。
 それに、乗るとしても秘書さんとかが先んじて乗車チケットを人数分取るだろうし、支払いだってまとめて払うだろう。だから私が決済ツールでタッチしたの を見て一緒に支払いをしたものだと勘違いをするのも仕方がない。
 よかったって言っていいかはわからないけど、乗ってたのが私達二人だけでよかったと思う。もし他にお客さんがいたら恥ずかしいし、カッコ悪いって思うだ ろうし、ヘコみ方も今の比じゃなかったはずだから。
 しかし、これはいい経験になったんじゃないかな。

「これで乗り方がわかったじゃないですか。次は絶対に失敗しませんって」

「…………」

 まだ整理つかないか。

「あ、あそこですよ」

 私が指差すと俯いた顔を上げて指し示した方へ視線を送る。そこには古びた木造の、味があるって言えばいいのだろうかとってもいい雰囲気の喫茶店があっ た。
 周りには遥かにお洒落なカフェなんかもあるけど、それに霞んだりすることなくしっかりとした存在感がある。しかし、主張しすぎることはなく、ごく自然 に、その場がうつろうのに合わせるように馴染み続けている。
 お店の扉を開くと、来客を知らせる鈴の音がカラコロン。と心地の良い音を奏でて一番最初に来店を歓迎する。

「おはようございまーす」

 いつものように挨拶をしていつものカウンター席に落ち着く。するとすぐにこのお店のマスター兼シェフ兼バリスタのヒカルさんが顔を出す。

「あら、タカツキちゃん。いらっしゃい。いつもの時間に来ないから風邪でも引いたんじゃないかって思ってたわ。……こちら御連れさん?」

 私の隣に座る珍しい来客にマスターはちょっと驚いているようだ。それもそうだよね。ここは私が朝ごはんと夕飯作るのが面倒になった時に一人だけで来ると ころだからね。

「あの……おはようございます」

「はい、いらっしゃい。ゆっくりしていってね。タカツキちゃんはいつもので?」

「お願いします。それと食後にコーヒーで」

「りょーかい。そちらは……」

「あ、ミカっていいます」

「はい。改めまして。ここのマスターをやってますヒカルです。よろしくね。ミカちゃんは何にする?」

 そう言うとマスターは社長にメニューを渡す。メニューにはあっさり系のものからガッツリ系のものまで沢山の料理名が写真付きで並ぶ。久しぶりに見たけ ど、どれも美味しそうで目移りしてしまう。事実、選ぶのに時間がかかってしまい遅刻したことが何度か……というのは社長にバレてるだろうけど秘密だ。
 そして社長も例に漏れず目移りしてしまい、何を注文するか決めかねているようだ。
 実際、マスターが作るのは全部間違いがないからどれを進めてもいいけど……

「同じのにする?」

 私の一言は渡りに船だったのだろう、頷く。まあ、六回は食べに来られるのだからお試しって意味でも丁度いいでしょう。

「りょーかい。食後の飲み物もタカツキちゃんと同じでいいかしら」

「はい。お願いします」

 りょーかい。と言うとマスターは奥にある厨房へ引っ込んで早速調理を始める。その姿をカウンター席から眺めていると入れ替わりに水が入ったコップとおし ぼりを二人分配膳板に乗せて眠そうな顔をした男が出てきた。

「よう。今日は遅いな……って珍しいな私服なんて」

「や。今日から一週間休みなんだ。いいでしょ」

 そう自慢たっぷりに言ってやるとおしぼりを置く手が止まり、眠たそうにしている目を見開いた。

「は? あの会社が一週間も連休寄越した? 嘘だろ? 馘首になったの間違いだろ?」

 心底信じられないといった面持ちと声が店内に響き渡る。この反応からも会社の激務が一般にも認知されているわけだけど、業務内容も社外秘に触れない程度 に知ってるわけだからこの驚き方はわざとな訳。

「つーかそっちのちっこいのはどうしたんだ?」

 メインはこっちなわけだ。

「ああ、この娘はね知り合いの子で一週間預かることになったの」

「はじめまして。ミカって言います」

 一礼するとやっぱり育ちの良さっていうのかな。そんな雰囲気がしっかりと現れる。が、この男の前ではあんまり意味は無いかな。

「ご丁寧にどーも。俺はここで配膳係やってるコウだ。よろしくな」

 何の疑いもなくコウは額面通りに受け取ってくれたようで胸を撫で下ろす。バスに揺られてる間、打ち合わせた通りに進んでよかった。
 最初は単純に会社の上司の方が通りがいいかとも思ったけど、話が拗れたりすると面倒になるから却下。
 姉妹って言うにも似てなさすぎるし、娘なんてのは論外にも程がある。パートナー居ないの皆知って……じゃなくて。
 結局一番使いやすい『知人の娘』に落ち着いたわけ。

「しかしどこから誘拐してきたんだ?」

 真剣な顔をしたと思うと何を言い出すかと思えば……
 この万年睡眠不足な男は人の話を聞いてなかったのだろうか。

「いやいや。預かってるって言ったばっかでしょ。ミカちゃんからも言ってやってよ」

「はい……実は、お父さんとお母さんが借金を作ってしまって。その形に……」

 この社長も社長で、いつの間にか取り出していたハンカチの角を目尻に当てて何を言い出すかと思えば……!

「やはりか。安心しろ。こいつは一見馬鹿だが、馬鹿だ。すぐに助けだしてやる。というわけだ観念してその娘から離れろ」

 二人の私を見つめる目はその先に言うべきセリフを期待して輝いている。そんなお決まりなセリフを言う気は毛頭ないが、一応、言わないと駄目? と視線を コウへ送ってみる。
 即座に帰ってきたのはもちろん『乗ってこい』
 いいですとも。思いっきり乗ってあげようじゃない!
 溜息をひとつついて、カウンターに両肘をついて手を組むと、口元を隠す。少し時間をかけて重くて張り詰めた空気とそれっぽい気配を醸し出せたと思った 時、放った。

「やっぱりしっかりと言い聞かせとくんだったな……そのガキが言ったとおりだ。こいつの親にかなりの額を貸してやったのさ。けど返せないってほざくもんだ から連れてきたんだよ」

 決まった……
 内心ガッツポーズを禁じ得ない位の出来。これなら会社辞めて女優もありなんじゃないかな!?
 さあ、乗ってあげたんだからリアクション頂戴!
 ほら!
 ねえ!
 …………?
 視線を向けてみるとふたりともとぉっても生暖かい目で私を見ていて、その理由がわからない。

「え、どうしたの?」

「いや。大した事はない」

「はい。ノリノリだなぁって思っただけですから」

「決してうわぁ……なんて思ってないからな」

 コウが顔を背けながら言った言葉にピンと来てしまった。

「振っといてそれはないんじゃない?」

「いえ、まさかここまで食いついてくるなんて思っても見ませんでしたから……」

 社長も笑う口元を隠そうとしていたけどバレバレで、漏れてくる笑いを止められるほど劇的な返しができるはずもなく。
 結局、二人に大笑いされる羽目になってしまった。



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