ていくへぶん〜華麗 (?)なる休日〜5

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「いってきます」

 閉じる扉の向こうに消えてゆく上司であり雇い主である友人を見送りながら笑顔を作り手を振る。
 内心は複雑だった。この時が来ないでほしいと願っていたのだけど、本人がそれを覚悟してしまったのだ。止める権利も術も、何も持たないわたくしにはただ 一緒に最後が来るまで添い遂げるしかない。
 でも。

「わたくしです」

 自分の机の上に置いておいた携帯を取り掛けるとすぐに相手が電話口に出る。会社の電話では盗聴される可能性があるからそうしているが、それに掛ける先の 相手がほぼ私用なのだから尚更会社の電話は使えない。
 もし盗聴されていたとしても……

「予定通りに。はい」

 相手はわたくしの言葉に満足しているようで声が明るい。

「では手筈通りに。では」

 ここまでくれば誰にも止められはしないだろう。
 電話を切ると携帯をデスクへ放り出してわたくしの主人が座る椅子をひと撫でする。
 冷たく重苦しい革張りの、権威を主張するための椅子だが、その中心に座る主人がいないだけで単なる置物と化すのが少し可笑しかった。
 あの小さい身体がひとつ乗るだけでとてつもなく大きなものを前にしている気がするのに。
 そうやって触れている内にひとつ願望が生まれた。
 不遜かとも思ったが、どうせここにいるのは一人で誰も見ていないのだから。と、実行することに。

「ん……思っているよりずっとフカフカで座り心地がいいですね」

 おっかなびっくりに座る社長の座はあまりの心地良さに気が大きくなる気がする。それに包まれるような暖かさに眠ってしまいそうになったが、内線の呼び出 し音に驚き飛び跳ねるように起き、受話器を取る。

「はい。わたくしです」

「戦闘部警備課です。準備が整いました。おいで下さい」

 それだけ言うと電話はあっさり切れる。

「さて、こちらも始めましょう」

 最後に相応しい仕事を。
 彼女を見送った時のように白々しい作り笑顔を浮かべて部屋を後にした。


 こうやって誰かを案内しながら歩くと意外と自分の行動範囲の狭さが浮き彫りになるなぁ。
 社長……もとい。架空の知人の娘、ミカに手を惹かれレンタルビデオ店とスーパーマーケットに行ってきたが、彼女にとってはテーマパークよりテーマパーク だったのだろう終始あちこちと物を見て回っていた。
 そのせいで危うくのれんで隔絶されてる男性御用達の所にまで入りそうになって慌てて制止する羽目になってしまった……(お店から出た後で何があるかそれ となく伝えると顔を真っ赤にしていたのは可愛かったけど)
 で、今はこうして二人で買った夕飯と明日の朝食の材料を手にさげて家に帰る途中なわけです。もちろん二本ほど映像をレンタルして来たから今夜は鑑賞会。

「たっだいま〜」

「お邪魔します」

「ああ、ダメダメ」

「え?」

 怪訝そうな表情を浮かべるミカには折角一週間いるんだからこれぐらいは言ってもらわないと。

「帰ってきたらただいまでしょ」

 一瞬、あっという表情を浮かべて戸惑うとゆっくりと言葉を紡いでくれた。

「た……ただいま、です」

 恥ずかしそうに紡いだ『ただいま』は何だか気持ちが良かった。この感覚を久しく忘れていた自分を思い出しつつ、それに答える。

「おかえり」

 と。
 これも久しく誰にも紡いでいない言葉だった。やっぱりいいね。誰かにこういう言葉を言えるのって。
 このこそばゆさと感覚に浸っているのもいいけど、やんなきゃならないことがある。買ってきたのをしまわないと。

「私はお肉とか冷蔵庫にしまうから、ミカちゃんはお菓子をその棚の中に入れといて」

「はい」

 そうだ。これ渡してこないと。買ってきた缶コーヒーを数本、服の中に忍ばせる。冷たいけどちょっとの我慢だ。

「ちょっとポスト見て来るからてきとーに待っててね」

 適当な口実を作り、外へ出て、駐車場へ回る。さっきと寸分変わらずにその車はあった。まあ、見張られてはいるけどそんなビクビクするような事じゃないか ら大胆に車に近づき運転席のガラスをノックする。
 反応はない。
 姿見えてるんだからシカトしなくてもいいだろうにとちょっとだけ憤りつつ、もう一度ノックする。するとパワーウインドウが降りて不機嫌そうな顔をした男 が顔を出した。女のほうは明後日の方を見つつもそれとなく私に注意を向けている。

「何か」

 ドスの利いた低い声が突き刺さるけどその程度でビビる私ではない。

「はい。差し入れ」

 忍ばせてきた缶コーヒーを差し出すと、二人は懐へ手を伸ばす。

「何の真似だ」

 声と懐へやる手での威嚇。これ以上何かするならば実力で排除するという意思表示だ。

「いや、だから差し入れ」

 害意がないのを示すわけじゃないけどもう一本持ってきた缶コーヒーを開けて一口煽る。

「貴女にこんな事をされるいわれはないのだけど?」

 女の方は柔らかい声を作って言ってきたけど、やはり棘を隠しきれていない。

「私だってそうなんだけど、一応同じ会社の社員だしね」

 私の指摘に少し驚いたようだ。

「なぜ……そう言い切れる」

「だって上手く隠してるようだけど、車がそこら辺のとは比べ物にならないくらいにカスタマイズしてあるじゃない。それに視線とか……舞いがね。戦闘部 の……警備課ってところでしょ」

 そこまで言うと参ったと言った感じで懐から手を引き、缶コーヒーを掴み口を開けると煽った。

「後六日張り付いてるからな」

 これは暗に差し入れ持って来いって言ってるんだよね……?
 持ってくるんじゃなかったかな……

「考えとく」

 残りの分を一気に飲み干して部屋に戻る。これ以上遅くなると怪しまれちゃう。
 差し入れね……
 後で経費で落としもらうか。もちろん向こうので。



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