ていくへぶん〜華麗 (?)なる休日〜6

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「ふぅ。ただいま〜」

 玄関に入って鍵をかけてリビングダイニングから社長の声が聞こえる。


「では、よろしくお願いします」


 どこかに電話をしていたようで終わるのを待っていると戻ってきた私に気が付いたようでニッコリと笑顔を見せた。

 カメラ、何処だっけ……
 その瞬間を切り取って残しておきたい衝動に 駆られる程に愛らしい笑顔。正直初めて来てくれてあろがとうって思ってしまった。

「あ、えっと、お、おかえりなさい。……何かお手紙来てましたか?」


「ううん。何も。それより誰と電話してたの?」


 その質問を待ってました! と微笑むと、


「今日のお夕飯なんですけど、お礼と言うか、あたしの気持ちというか……その、御馳走させて下さい」


「御馳走?」


「はい」


 何か作ってくれるのかな。でも、スーパーでそんな素振りは見せなかったし……

 ピンポーン――――

「あ、はーい」


 唐突になったチャイムに頭を切り替えて出る。下に張ってる警備課が通したんだから危なくはないだろうけど、ちょっと警戒してしまう。

 ここのインターホンにカメラなんてもちろん 付いてないからチェーンロックを掛けたまま扉を開くと、燕尾服を着た男が爽やかな笑顔を浮かべピシっと背を伸ばし立っていた。
 私の顔を見ると、恭しく一礼してまた元に戻 る。その動作は執事を思い起こさせた。

「タカツキ様でございますね」


「あの、どちら様で……」


「はい。わたくしは先ほどご連絡をいただきましてお迎えに参りましたコンシェルジュでございます」


 でん……わ?

 そんなのした覚えがないんだけど……

「あの、間違いじゃないですか?」


 間違いなくこの人の間違いだと確信して言うが、


「ご確認下さい」


 そう言い懐から携帯端末を出して画面を私に向けると間違いなくここを指し示している。でも。


「ほんとに電話なんてしてないですよ?」


「ああ、もう来てくださったんですね」


 え?

 振り向くとミカちゃんが玄関まで来ていた。 そして執事風の自称コンシェルジュが再び恭しく一礼して背筋を伸ばす。

「遅くなり申し訳ありません。お迎えに上がりました。ミカエル様」


 ミカエル様……って言うことは、


「ミカちゃんが呼んだの!?」


「はい。ですから今日のお夕飯はあたしが御馳走しますって」


 ここまでとは予想してなかった。て言うかこんなの予想できるわけがない。


「じゃ、着替えてこないとですよね」


 コンシェルジュが来てるんだから相当なお店に違いない。スーツ、着ていった方がいいよね……ドレスなんて持ってないし。

 あんなくたびれたスーツでいいかはわからな いけど無いよりはマシでしょう。

「着替えてきますから待ってて下さいね」


「そんなの構いませんよ。さ、行きましょう」


 寝室に着替える為に引っ込もうとしていた私を捕まえて社長は言う。そう言うならいいんだろうけど……


「戸締まりとか鍵とか持ってくるからちょっと待って」


 と、手を抜けてお出かけ用のバッグを取りに行く。少し気持ちを落ち着けたかった。お迎えやらコンシェルジュやらを初めて見たのだから心穏やかになんかし ていられない。

 もう少し落ち着けるために帰ってきてから開 けていないサッシを間違いなく閉まってる事を確かめてから玄関に向かい下に降りる。
 燕尾服を着た人を見ただけでも度肝を抜かれ てるのに、駐車場に停めてある迎えの車を見て更に度肝を抜かれた。

「はは……こんなので来たんだ」


 こんなのでなんて失礼にも程があるが、そう言いたくもなる。

 想像してたのはタクシーみたいな五人乗りの 普通の乗用車なんだけど、ハザードランプを明滅させて停まっていたのはリムジン。しかも映画なんかでお金持ちが乗ってるような長いやつ。

「どうぞ」


 運転手さんだろう、しっかりと制服に身を固めた初老の男性がドアを開き頭を垂れる。

 社長の後を追い乗り込むと中は相当に広い。 乗る気になれば二十人ぐらいは乗れそう。

「失礼致します」


 私達が乗り込んだ後コンシェルジュさんが乗り込むとドアが閉まる。


「少々のお時間ですが、到着するまでどうぞお寛ぎ下さい」


 そう言い、車体の壁にしか見えないところを開く。そこはグラスケースと備え付けの冷蔵庫になっていて中から冷えた飲み物とグラスを出して注ぎ、差し出し た。


「ど、どうも……」


 グラスを受け取りまじまじと見る。見た感じだとシャンパンぽい。

 何回かシャンパンを飲んだことはあったけ ど、こんな綺麗な泡立ちだったり、こんなにときめく色なんかしていなかったのを思い出す。
 目の前にしているシャンパンの色は本当に琥 珀を溶かした様な色をしていて、飲むのがもったいないぐらいだ。

「では出発いたします」


 グラスに見とれている間に、外にいた運転手さんが乗り込んだようで、静かに車が動き出した。運転手さんが乗り込む振動も、合図もないのにこんなことが出 来るもんなんだとさっきから感心しかできていない。


「何か御用命が御座いましたらお呼びください」


「わかりました。あなたも少し気を休めて下さい」


「お心遣い痛み入ります。失礼致します」


 コンシェルジュさんは中腰のまま下がると、一番離れたシートに落ち着いた。その座ってる姿も凛としていて綺麗なままで。

 ふと外を見ると、いつもバスの中で見る風景 を見ている筈なのに、全く異質なものに見えて仕方がない。乗っているものが乗っているものだからというのも手伝っていたが、やはり隣にニコニコとしている 遥か上の人物が正にそれだけの人物だと改めて思わされた結果なのだろう。

「あー、社長?」


 何処に行くのか――――

 それが聞きたいのだが一向にこちらを向いて くれない。だから、

「社長」


 と肩を揺すって呼んでみたが外を向いて舐める程度に琥珀を口に含むばかりだ。

 ってことは、やっぱりそっちじゃないと駄 目ってことだよね……でもいいのかな。迎えに来た人たちも『ミカエル様』って呼んでるわけだし、格好も格好だから公的な呼び方が一番しっくり来ると思うん だけど……
 ついさっきまで平気だったのに状況と周囲の 変化で変な気恥ずかしさを覚えてしまう。

(こうなったら……)


 お酒の力でも借りないと言えそうもないと思って、グラスの中身を一気に飲み干してみたけど全然お酒の匂いがしない。だから全然酔いが回ってくる感じが全 くなくって困惑するけどそうも言ってられない。


「ミカちゃん! これから何処に行くの!?」


 やっとの思いでそう言うとやっとこっちを向いて、


「行ってからのお楽しみです」


 と含みをもたせた笑顔を浮かべて言う。

 行き先がわからないのは不安だけど、これだ けしっかりというか格式張ってるというか……とりあえず変な所に連れて行かれるわけじゃないのは確か。

「お待たせいたしました」


 呼びかけに少しびっくりすると、車はいつの間にか目的地に到着していて停車していた。

 ドアが開き降り立つと、こんな格好では前を 横切るのも、入るのも躊躇してしまいそうなブティックの前にいた。


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