ていくへぶん〜華麗(?)なる休日〜7
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「これ……
すっっっっごい恥ずかしんだけど」
「そんなことないです! とっても綺麗です!」
ミカちゃんはそう言ってくれるけど、鏡の前にいる自分はとても自分には見えない。
お店のコーディネイターさんが選んだドレスはこんな胸元と肩と背中がざっくりと開いたものだった。こういうのじゃなくてもうちょっとシックで肩も背中も
胸元もこんなに顕じゃないのなら友達の結婚式で着たことはあったけどこれはやりすぎでしょう……
そして恥ずかしさに拍車をかけているのが、ばっちりと施されたお化粧と、しっかりと手入れされた髪の毛。そして両手足のネイル。どれもほとんどやったこ
とのないものばかりで本当にこれが自分なのか疑ってしまっている。
「やっぱりこれ恥ずかしいって!」
思わず顕になっている胸元を隠したけど、効果が無いどころか肩と背中も映り込んで余計に恥ずかしくなっちゃう。
「いいじゃないですか。今日だけなんですから」
「そうだけど……」
知り合いに見られるわけじゃないからいいか。
そう思うと何だかこの格好もいいような気がしてきた。よく見ればドレスは薄いピンクの生地で出来ていて、胸元は銀の網目が入っていてアクセントになって
いて、スカート部にはこれも銀色の蝶々の刺繍が施してあって可愛い。
確かこういうのってイブニングドレス? って言うんだっけ?
「ミカちゃんはどんなのにしたの?」
それはさておき、少し気分が軽くなると急に他人のが気になりだして振り向く。
ミカちゃんの方も私と同じく胸元から肩、背中まで開いたロングドレスだけど紫と黒のシックな色合いで、着る人を格好良くかつ、とてもセクシーに魅せるド
レスを纏っていた。
それを見た瞬間、ドキッとしてしまった。
本当にさっきまで一緒に車に乗ってた少女なのだろうか?
そう感じないほうがおかしいとさえ思わせるほど全くの別人に見える。少女のように見えるのに、内側には成熟した女を感じてしまう。もし、私が男だったと
したら声を掛けずにはいられないだろうって確信する。
それと同時に不安も首をもたげた。本当に私なんかが一緒にいていい人なんだろうか、と。
「何か、変、でしたか……?」
そんな不安を乗せた視線で見つめてしまったからそんな気持ちを見透かされてしまったんじゃ……と勘繰ってしまったけど、それは私の思いすぎだった。
ほんの少しだけ曇らせた表情を浮かべて自分が纏ったドレスのスカートを少し上げて何度も見直す姿は今日一日一緒にいた彼女のまま。
「ごめんごめん。あんまり格好良くって見とれちゃった」
「あ、ありがとうございます」
照れくさそうに笑いながら答えるミカちゃんにホッとした。
立場上、仕事の上で笑顔を見せることは少ないだろうけど、彼女はこうやって笑っている方がいい。社長モードの引き締まった凛とした表情も格好イイけど。
しかしながら――――
「この格好でご飯行くのか……」
「初めてですか?」
「うん」
そう口は言うものの、頭は違うことを考えていた。
もうこの格好がどうのってよりも、これだけバッチリと決めるってことはドレスコードが決まってるってことで、マナーも厳しいはず。
自信が全くない……わけじゃない。うろ覚えでしかないのを覚えてるって言っていいのであれば、だけど。
今更ながら前に同僚にマナー教室行ってみないって誘われた時に行っておけばよかったなぁ……はぁ。
「じゃ、行きましょう」
こうなったら腹をくくるしかないか。
再びリムジンに揺られてついた先は、
「あれ、ここは……」
身近っていうか、たまに贅沢しに来るホテルじゃない。ここのビュッフェが値段の割に美味しいんだよね〜。
ってそれでも結構イイお値段で毎週来るにはちょっと無理。
それはさておいて、ここにこんな正装しないと入れないお店ってあったかな?
すると車は正面を抜けて裏に回る。こっちは来たことがないって言うよりは入れないように門扉が閉まっているんだけど、堅い門扉は受け入れるように開き、
リムジンを飲み込むと全身が入りきったところで門は続く者を拒むように口を閉じる。
「そうだ。ここに入ったことは秘密にして下さいね」
「それは当然だよね。ここって立入禁止って書いてあったし!」
思わず早口でまくし立てるように言ってしまう。こんなレアすぎる経験、誰かに喋ったところで信じてくれないだろうし。
「お待たせしました」
またいつの間にか止まった車の扉が開くと、いつも入る方と違ってずっと静かで人影が殆ど無い静かなロビー。
それ以外はいつもの方と変わりないのに何がこの印象の違いを生み出しているのか皆目見当がつかない。まあ、わかったところでどうという訳じゃないけど。
先に立って進むコンシェルジュさんとミカちゃんの後に続いてエレベーターに乗り込む。ちょっと気になって階層ボタンを見ると、いつもの方を表って言えば
いいのかな。そっちにはないボタンが沢山あって、そのどれにも数字とかアルファベットとかが刻まれていない。
私ならどれを押せばいいのかわからなくて間違いなく迷うだろうけど、コンシェルジュさんは迷うことなくいくつかのボタンを押し込んだ。
エレベーターの扉が閉まるとほんの少しの機械音と重力を伴って体験したことのない方向へ動き始める。この感じは……
「横に動いてる?」
「左様で御座います。ですがこちらのエレベーターは横移動だけではなく、縦横無尽に動くことの出来る最新鋭機となっております」
口の中で言ったつもりが結構しっかりと言っていたようだ。だけど縦横無尽って最早エレベーターじゃなくて空飛ぶ個室なんじゃ……
「お待たせしました」
前から押される重力とほんの少しの揺れが身体を襲うとピッタリと閉まっていたエレベーターの扉が開く。その先にはオープンキッチンが一脚だけのテーブル
の近くに設置された広い部屋に出た。
その部屋に降りるとコンシェルジュさんは恭しく頭を垂れて、
「わたくしはこちらで失礼致します。お帰りの際にお呼びください」
そして閉まる扉の向こうへ消えていった。
「どうぞこちらへ」
いつの間にかキッチンの前にはシェフが立っていて私達を招く。柔和な顔をした温かい声の初老の男性だ。
テーブルに近づくとやっぱり何処からか現れたギャルソンが椅子を引き、座ると姿を消した。にも関わらず、テーブルの上には水が入ったグラスが用意されて
いた。これもさっきまで無かったものだ。
「こんばんわ。ごめんなさい。いつも無理を言ってしまって……」
「いいえ。そんなことはありません。どうぞ心ゆくまで楽しんでいって下さい」
そう微笑み、包丁を手にとった。
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