ていくへぶん〜華麗(?)なる休日〜8

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「ご ちそうさまでした」

「いえ。あたしも楽しかったです」

 下に戻るエレベータの中はほっこりとした空気が漂う。

 それは料理がとおっても美味しかったのもだし、シェフやスタッフさんの人柄がいいせいもある。私にはちょっと真似出来そうもない。

 絶対にすこしでも不機嫌だったら顔とか態度に出ちゃうだろうし。

「帰ってから借りてきたの見る?」

「もちろんです! 早く帰りましょう!」

 と帰ってからのプランを話していると空飛ぶ個室は動きを止めて口を開く。二時間前に立ったロビーに戻ってきたはずなのだけど雰囲気が違った。

 その理由はさっきよりも人がいて少しだけ多いせいだろう。ってかテレビで見たことある人がチラホラいるのが一層にここは私が来れるところじゃないと裏打 ちする。そしていつの間にか近くには警備課の面々が邪魔にならない程度に張り付いていた。

「申し訳ございません。他のお客様がご到着されていまして、少々車のほうが遅れると連絡がございました」

 いつの間に連絡を受けたのかコンシェルジュさんはミカちゃんへ伝えると、

「構いません」

 との返事にコンシェルジュさんは更に申し訳なさそうにあたまを下げて、ロビーにあるソファーへ案内。

「お飲み物は如何なさいますか」

 座るとすかさずメニューを開いてくれるけど、どれも聞いたことがない名前のものばかり。かろうじてカクテルとかでお酒だってことはわかるけど……

「いいえ。大丈夫です」

「かしこまりました。もう少々お待ちください」

 そう言いコンシェルジュさんが下がると、どうにも視線が気になって仕方がない。隣にいるのが超巨大企業の社長なのだから当然といえば当然なのだけど視線 の中には少しだけ奇異の目を多少なりとも含まれているのがわかる。

「居心地悪いですか」

「う……ん。ちょっとね」

 ちょっと意地の悪い笑みを浮かべるミカちゃんに苦笑いで返す。そんな目で見られるのが嬉しい人がいないわけじゃないだろうけど、私は嫌だった。

「そんな顔しちゃ駄目ですよ?」

 そうは言うものの、ねぇ……

「みなさんタカツキさんに興味津々で声をかけるタイミングとその一番槍を狙ってるんですから」

「ええっ!?」

 耳打ちされた理由に思わず声を上げてしまう。そのせいで余計に視線を集めてしまった。その視線が少し離れたところで声を潜めて問い返した。

「そんなわけ無いでしょ」

 私なんかよりずっと可憐でその中に潜む色気が見え隠れする姿は私でも惚れてしまいそうなのだから、私に集まる視線は、

『あのオマケはなんだろう?』
 程度で間違いない。

 あ、でもやっぱ訂正しようかな……自分で言ってヘコむ……でもなにか良い言い回しがないから……ああっ。でも……

「そんなに信じられません? なら試しにあちらの方に笑顔を贈ってみてください」

 そっと視線を向けると、隣のソファーで新聞を見るふりをしながらチラチラとこちらを見ている壮年の男性がいた。

 その人から視線を外し、ほんとかなと思いつつ、もう一度今度はしっかりと視線を絡めながらその人を見て微笑みを渡す。

 フロアが一瞬緊張した。次に男がどう出るか……それをフロア中の男達が伺っている。

 するとその人は新聞を見ていると思うと新聞を畳み立ち上がる。そして勝ち誇ったような背中を残し、フロア中にいる男性たちの羨望と嫉妬の視線を独り占め にしてエレベーターに身体を滑りこませた。

 扉が閉まりきるまでのほんの数秒にまた視線があった。だからもう一度笑顔を向けて、今度は軽く手を降ってみせると、

「よし!」
 と言いたげな表情と勝者のそれが入り混じっていた。そして扉が閉まりきってエレベーターが動き始めた途端に剣呑な空気が流れ始めた。

 誰もが牽制し合い、微妙な均衡が生まれる。ふとしたきっかけで簡単に瓦解してしまいそうな危うい均衡。

「こ、こんばんわ」

 そんな針の筵のような中、場違いな声が緊張を割った。

「……こんばんわ」

 声は私ではなくてミカちゃんに掛けられたもの。声の主はミカちゃんと同じぐらいの見た目の男の子だった。その子が声を掛けたんだとわかると、場にあった 緊張や均衡が刹那に瓦解と言うより消失した。

 見た目はミカちゃんと同じように見えるけど、ミカちゃんより背が低いのと童顔と高い声が相まって余計に幼く見える。しかし、周りのオジサマやオバサマ方 の反応を伺う限りざわめきを止めるだけの人物であることがわかる。

 事実、彼が声を掛けてからは水を打ったように鎮まりかえっていて二人が何を話すのかを聞き耳を立てているようにも感じた。

 幾ばくかの沈黙――ミカちゃんは睨んでた――の後、珍しいというか、初めて聞いたミカちゃんの苛立ちを含んだ声が放たれた。

「何で居るの?」

「あ、っと……ここに来るって聞いたから一緒にごはんできたらな……って」

 低くて突き刺すような声を面と向かって出されたら私ならたじろいでしまいそうだけど、それを向けられている少年はそんなことは無いようで、元の気質がそ うさせているように見受けられた。

 それはそれで世話を焼いてあげたくなる可愛さがあるけど、ちょっと物足りない気がする。多分、自信とからしさとかそういった繰り返しや体験で出来上がる 物が足りないせいだろう。

「ふうん……じゃああたし達は帰るから。一人でごゆっくりどうぞ」

「えっ……これからじゃ、ないの? 時間合わせてきたつもりだったんだけど……」

「……なんでこの時間に予約とってるって知ってるの?」

「えっ!? そ、れは……」

 少年は言葉を失ってしまい目も泳いでいる。思いっきり動揺しているのが丸わかりだ。でも、ミカちゃんの言い方は刺々しくて聞いている私にはとても違和感 のある話し方をするなんて。いつもならこんなに他人を邪険にする話し方はしない人なのに……

「ねえ、何でって聞いてるんだけど?」

 畳み掛ける様に放たれた言葉に少年はただ、

「えっと……その……」

 と、繰り返すばかりで答えようとしない。返事を待つ側としてはこれほど苛立たされることはないけど、どこか他人を守っているような気がしてならない。

 もしここで情報のソースを明かしてしまえばミカちゃんの矛先がそのソースに向かうのは必然でよくてひどく怒られる。悪ければ……

 なんて一瞬で考えてみはしたけれど、怒られてそれなりの措置でけりかな。うん。

 しかし、辛辣な視線を注がれ続けている少年が可哀想になってきた。

「ミカエル様、タカツキ様。大変お待たせいたしました。お車のご用意が整いました」

 少年にとっては助けに船。そして私にとってもこの衆人環視の中から早く出たかった。ちょっとホッとした気持ちで少年の方へ視線を向けてみると、肩を落と してうなだれていて、母親に怒られた子供のように見えた。実際見た目はそうなのだからそう見えるんだけど。

「行きましょう」

「あ……う、うん」

 表情が見えないくらいに深くうなだれた横を通るとき、小さく、彼だけに聞こえるようにだけ呟かれた、蚊の声よりも細く、にも関わらずとてもやさしい声が 聞こえた。

 もうしないでね――――

 それは隣を歩く少女から発せられたものだってすぐにわかったけど、同時にあれ? と内心首を傾げなくてはいけなかった。

 どうしてもさっきまでの態度と今の言葉が繋がらなかったから。



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