ていくへぶん〜見える少女〜11
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ディスプレイに『take heaven』とコードが走ると光が身体から迸り始めた。
「……! させるか!」
私が何をするのか察したのだろう、魂喰らいが阻止しようと殴りかかるがロッドが私を殴りつけることはできなかった。
力の解放と同時に結界も展開され、敵を弾き飛ばしたのだ。今までならばコードの受信ちインストールに時間が掛かった上、その間は動けず、開放中は完全に
無防備だっただけにここまでの改善は嬉しさの反面、なんで早く実用化しなかったのかと言いたくなる。
なるが、取りあえずは開発部に感謝しておくことにする。これのおかげでここで決着がつけられるのだから。
「さて、一撃で沈めさせてもらいますよ」
左手を前に突き出すと円陣が現れ光の弓を生み出し、呼応するように右手に矢が創り出される。そして矢をつがえ、引き絞り放つ寸前だった。
歪んだ笑みを顔面に貼り付けた魂喰らいが言い放つ。
「いいのか? この身体本物だぞ?」
矢を引き絞った手が止まる。
「何ですって?」
「だから、この身体はマキ本人のだって言ってんだよ」
そんな馬鹿なことがあるはずがない。絶対に何者も生者の肉体に定着できるわけがないし、よしんば入り込んだとしても拒否反応が起こっていられないはず。
「そんなデタラメ真に受けるとでもおもってるの?」
「信じるか信じないかは勝手だけど……やっちまってからじゃ、遅いんじゃないか?」
確かに言うとおりだ。
この矢は悪意が取り込んだ魂魄を解放・浄化して、その時に生じる浄化のパワーを用いてその中心をも浄化する力。ただ、それをもってしても魂喰らいを滅す
るまでには至らない。だからこそ捕縛と言う選択肢がある。
容姿を変化させているだけならばこれで問題ないが、もし言う様に本物の肉体であるとしたら、魂喰らいを切り離せたとしても茉希ちゃんが無事である保証が
ない。この矢が茉希ちゃんの魂魄に作用しない確証はどこにもなく十中八九、彼女の魂魄もろとも取り込まれた魂魄は浄化されるだろう。
しかしながら、言っていることがブラフであることも捨てきれない……
「迷ってるみたいだな。よし。じゃあ証拠を見せてやろう」
そう言うとおもむろに捨ててある瓶を取ると、近くにあるコンクリートに思いっきり叩きつけて割り、破片を手に取る。
「やめて!」
しでかす事を察して制止するが、そんなことでやめるはずはない。見せつけるように破片の先を前腕の真ん中ぐらいにあてがうと、一気に引き下ろした!
「な? 本物だろう?」
自慢げに見せつける腕から目を反らしたくなる程痛々しい切り傷ができ、そこから真っ赤な血が流れ滴る。
言っていた通り、本物の肉体であることを示されたと同時に、魂だけの存在は生者の肉体を乗っ取れない絶対則が打ち破られた瞬間だった。
「ほら、射てよ。早く打って、俺を捕まえてみせろ」
出来ないだろう? と馬鹿にした表情に腹が立ったが、おいそれとできないのも事実……
どうするか考えあぐねていると、着信が入る。こんな時に!
「出ていいよ? 最後に話する奴になるんだし遺言でも伝えとくといい」
五コール後に自動的に回線が開き、声が流れてくる。
『タカツキ、コード開放を確認した。見つけたのか』
電話の主は課長。それ以外から掛かってくることはほぼ皆無だからすぐに誰かはわかったけど、タイミングが悪い。
「はい。交戦中です……」
『コード開放してるならすぐだろう?』
「そうなんですけど……」
話して信じてくれるだろうか不安ではあるが、話さない事には判断も仰げない。
「先に報告した関係者が魂喰らいに乗っ取られまして……手が出せないんです」
『冗談言ってる場合か! さっさと仕留めろ!』
ですよね……今までこうだって教えられたことが覆るんですからそう返しますよね。でも、事実だから私としても引き下がれない。
「冗談で言うわけないじゃないですか! 私が矢を射れば決着は着きますけど一人殺すことになるんですよ!」
一人殺すことになる。
回収員がと言うより、神界に身を置くものとして口にするべきではない言葉。
たかだか一人の人間が犠牲になるだけであっさりと世界の危機が解決するのだから迷う必要はないし、そう教えられてきた。
彼女と言葉を交わす前の私なら迷うことなく矢を射って、魂喰らいを捕まえて神界戻り報告して、
「休みだ〜!!」
って喜んでいただろう。
それに『上』にとっては喉から手が出る程に欲しい素材だ。こんな美味しいチャンスを逃すわけがない。
ただ、話してみて少なからず好意を持ったのは事実で、それが犠牲にしたくない理由。とんでもなく説得力がない弱々しい理由だけど、私にとってはそれだけ
で十分に理由になる。
『それがどうした! 捕まえないと危険なのはわかってるだろう!』
「そう……! ですけど……!」
だからこうやって板挟みになってしまうのだけどね。
とにかく時間を稼いで糸口を見つけないと……
気がつくとわたしはどこかわからない暗くて、耳鳴りを起こすぐらい静かなところで倒れていた。
いいえ。倒れていたんじゃなくて、浮いていたというのが正しいと直感しました。上下左右も全くわからなくて『倒れていたんだ』ということで自分が置かれ
た状況を納得させようとしているのでしょう。
そして真っ先に思い出したのは……
「イタ君……」
全部、うそだった。
やってきたこと。話したこと。笑顔。そして、キス……
それが全部虚構で。
わたしの身体を手に入れるためだけの三文芝居で。
それを本当だと信じてしまった……
そう思った途端、急に全身が軋む感じがしてそれから逃れようと両手でしっかりと自分を抱きしめてみても、軋む痛みがなくなる訳もなく、身体の芯を凍りつ
かせるような底冷えが闇との同化を甘く囁きます。
きっとキスされたせいだ――――
そう断定して擦り切れても構わない勢いで口元を一生懸命拭っても気持ち悪さが拭えず、拭っても拭っても、こびりついたまま。
泣きながら何度も何度も何度も何度も何度も擦りました。それでもと言うか、やはりと言うか、嫌悪感が綺麗になることはなくて、余計に膨れ上がらせるだ
け。
こんな不毛なことに疲れて拭うのをやめて身体を放り出すと、とても気持ちよくなってきました。
終わる……溶けてしまえばこんなものから解放されると思うと楽になれるなと感じた反面、泣き寝入りしてしまうことに悲しくもなってきましたが、もう、ど
うでもいいことです。
ここであがいたって、彼に欺かれたことが覆るわけもないし、何も……できないのですから。
そうして身体を放り出していると、半身が溶け込んだようで意識と感覚が薄れてきました。
「ねね……ごめんね……」
何で口にしたのかわかりません。
多分、ですが、隠し事をしていたことがどこかでずっと気になっていたのでしょう。
(ちゃんと話しておけばよかったかな……)
後悔を胸に眠るように目を閉じました。
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