ていくへぶん〜見える少女〜12
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「ほら! 射てよ!」
そう言いながら近づいてくる魂喰らいを前に私は弓を引いたまま立ち尽くしていた。既に課長からの電話は切れている。説得もなにもしてはいないが、私に判
断を丸投げしたのだろう。
迷っているうちにとうとう鏃の先が服につくかつかないか――ギリギリの所まで迫っていた。
「この距離なら外しようがないだろう?」
呼吸が荒くなる。
考えがまとまらない。
矢を射るべきだと主張する社員としての職業倫理と、それを絶対にしたくない個人の思想がぶつかり合う。
この問答は永遠に答えが出ることがない結構究極な部類の話だろう。世界をとっても、茉希ちゃんを助けても待っているのは後悔と切歯扼腕。でも、茉希ちゃ
んを取れば間違いなく私は魂喰らいに捕食されるのは火を見るより明らか。
私のような神界の住人はコイツにとってはご馳走にほかならないし、爆発的に力も増す。そうなれば手がつけられなくなる……
なら、彼女を殺してでも魂喰らいを捕獲するべきなのだけど……
「射つ訳ないよな」
迷い続けることを予見しきって、正にその通りだったって言い方にイラつく。その虚を突いて魂喰らいが思いもよらない行動に出た。
「とっておきを見せてやる」
「え?」
とっておき。
そう言うものだから、さっきみたいに身体を傷つけて見せたように彼女の身体を利用した何か仕掛けてくるのだと思っていた。
その推測は、半分当りだった。
振り下ろすだけだったロッドを今度は下から振り上げてくる。この程度は難なく避けられる。また半身だけずらして避けようと身構えると、ロッドは私の横を
抜けて後ろに転がった。
思わぬ行動に横を抜けていくロッドに一瞬気を取られた。その一瞬に今度は私が引いている矢が掴まれる感覚が走る。
「砕けろ」
そう魂喰らいが呟くと、言葉通りに矢が砕けて霧散した。
魂喰らいが、ましてや人間に砕けるはずがないのに枝を折るように簡単に……ゾッとするものを感じ咄嗟に飛び退くと、今度は私の腕を掴もうとしていたよう
で左手首を指先が少し掠める。
「っ……!」
強烈な痛みが全身の神経を駆け巡る。まるで骨折でもしたような痛みで、さっき掠めた左手首を見ると指先がかかったところが抉られていた。
そこから無数のヒビが走り少し腕を動かすだけで擦れ合い、激痛をもたらす。
痛みをこらえながらスーツの袖を捲くってみるとヒビは、前腕を半分ほどまで侵蝕している。そしてヒビの隙間からは強制的に分解され、深紅に変色した霊子
が漏れ出して止まらない。そのさまは彼女の身体に付けられた傷から溢れる血のように。
「そんな……掠めただけでこんな……」
こんなことができる力なんて聞いたことがない。魂を壊せるほどのものなんて……
「おお……すげっ……」
驚いたものの、やった本人が一番驚いているようで頻りに掠めた指先を見ている。
ここからはっきりと見えるわけではないが、指先には赤いものが付いていて何を思ったのか人差指を口に含んだ。
すると思いっきり目を見開き、他の指も我武者羅に貪り出す。その姿は食べ物に貪りつく餓鬼を思わせ、見ていて気持ちがいいものではない。
「凄い……なんだよこれ……人間の感覚ってこんなに複雑なんだ……!」
すごいすごいすごい。
ひたすらに感嘆の声を上げつつ今度は、身体中を手で舐めるように弄り、揉み、引っ張り、抓り、掻き毟り、叩き、吸う……
その度に違った歓喜の声を上げる。
「やめ……っ!」
「ああ、無理しないほうがいいよ。掠めたって言っても割れたんだもの。あんたには結構致命傷でしょ」
割れた? 私は何をされた……?
肉体を欲しがった理由、
危険を冒してまでの痕跡、
見えて、話せて、触れる力、
そして矢を壊し、私の腕を割ったという力がつながった。
「まさか、茉希ちゃんは」
言わんとしていることを顔から悟ったのか、魂喰らいは愉悦に浸った顔をした。ドヤ顔と言ってもいい。
「そう。あんた方にとって異端も異端、いつだったか殲滅しにかかった魂壊(こんかい)ができる人間なんだよ」
聞いたことがあった。
魂を割る力を持った人間の一派が、まだ統一される前の神界を相手取って戦争を仕掛けたことがあると。
茉希ちゃんに話した、世界を意のままに動かそうとしていたやつの話が子供のお遊び程度に感じられる位激しい戦で、双方に甚大な被害が出た。
戦争に勝ちはしたものの、
『また、戦争を仕掛けてくるかもしれない――』
その疑心は苦い決断を下させるには十分だった。
その力を持ち合わせている人間を全て、その戦争に加担したしないに関わらずに全滅させたのだ。
それはきっと凄惨の一言に尽きるだろう。だが、今はその詳細を知る術も無ければ知る者もいない。
そして、それだけ記された史料には、
『その後、その力を持った人間は現れていない』
と記されていて、他の記録は全て細大漏らさず封印処理を施されている。しかし――
「なんでそんな事知ってるの」
それが疑問だった。この仕事に従事している。と言うより、神界にいる者ならば皆知っていることだったが、魂魄を喰らうだけの化け物がこの事を知ってると
は到底思えなかったし、まさか封印処理を破れるだけの力を持ち合わせてる訳が無い。
「それはね……」
この先を聞かなければよかったと慚愧に堪えない。
この先の言葉に全てが詰まっていて、どうして一人だったのか、極秘ではないにしろ特命にしなければいけなかったのかの答えがあった。
「俺がそれを模して作られたからだよ」
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