ていくへぶん〜見える少女〜14

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「あんまり考えてる時間はないけど、身体に戻るまで考えてて」

 すると、タカツキさんの身体がさっきよりも強く輝き始めて、それに呼応するように朽ちる速度が加速度的に早くなりました。

「自爆でもする気ですか!?」

 正にこの言葉がぴったりな輝き方。そこまでしてわたしを出そうとしてくれようとしているのです。

「大丈夫大丈夫。ここにいる私は欠片みたいなものだから」

「欠片?」

「そう。ちょっと食べられちゃってね……ああ、死んでないからね? で、出る方法なんだけど、今から一瞬だけヒビ入れるからそこに手を当てて割って欲しい の」

「でもそれだとわたしの魂……でしたよね。それが割れてしまうんじゃ」

「それはないわ。あなたの魂の中に魂喰らいの身体が入ってるの。ここは更にその内側だから傷つくことはないから安心して?」

 何でもアリなんですね……そういう存在だからこそできる芸当と言ってしまえばそれまでですが、それでも目の前で、欠片とは言え散ってしまうのは気分がい いわけがありません。

「で、そうすれば魂喰らいは多分身体の外に出ざるを得なくなるから」

「でも、どうやって身体に戻るんですか」

 出られたとしてもきちんと戻れないと意味はない。わたしが戻るよりイタ君に先に戻られたら元の木阿弥でしかなくなってしまいます。

「茉希ちゃんの身体も魂魄もまだ生きてるから、引き合って戻るはずよ。身体と魂、魂魄は引き合う力は何よりも強いから……それじゃ始めるね」

 そう言うと黄色っぽかった光は密度を増して真っ白いひとつの光の点になる。
 すると漆黒一色だった世界が、まるで宇宙が始まったと言われるビックバンのような爆発力を伴って点が面になると見える全てを塗りつぶします。
 そして、
 ――――ピシッ。
 とガラスに亀裂が走ったような音がして、白い中にくっきりと黒い割れ目があらわれました。
 それを見たわたしはそこを叩く様に手のひらを当てて思いっきり感情を込めます。外に出たいと。
 その瞬間、一筋のヒビから無数に枝分かれして細かく走り、一度夜空に光る星のように散り、渦を巻くとわたしを中心にしてひとつの塊になり動き始めます。
 それは浮遊感を伴って上へ上へと上がる感覚があって、飛び出そうとしているのがわかります。そして、上がるにつれて流れ込んでくるものがありました。


「そろそろ俺のものになってもらおうか」

 茉希ちゃんを殺す覚悟を決められず抵抗できない私を嬲るのに飽きて止めを刺そうと魂喰らいが手を伸ばす。
 反撃するならここ以外ありえないこの土壇場でも、まだ私の迷いは覆ることがなくて天秤が揺れ続ける。
 手のひらが私の視界を覆い隠して奪い、額につくかつかないかの刹那。

「ごふっ」
 魂喰らい――茉希ちゃん――の口から吐血をしたような感じで口から何かが吐き出された。
 それを血と呼ぶにはどす黒く、液体と言うには粘りが強いが、水のように止まることなく流れ続け、その内に鼻から目から耳からと言ったところからどんどん 流れ出して水たまりを作るとその中に倒れこむが、それでもまだどす黒い粘液は流れ続け水たまりの淵を広げる。
 しかし、その中に突っ伏した茉希ちゃんの衣服に吐瀉物がかかり汚すことはない。

「な……っにをした……! おれに!」

「さあ? でも、一つ言えるのはもうそこにはいられないってことじゃないかな」

 私にも何が起こっているかなんて全くわからなくて、当てずっぽうで言ってみたんだけど……当たりだったみたい。
 吐き出すだけ吐き出して呼吸が落ち着いたと思うと今度は自身を抱きかかえるような格好になる。そして、

「ぎゃああああぁぁぁぁぁ」

 と天を仰ぎ叫びをあげると最後のひと搾りと呼べそうな一際黒い塊が吐き出された。
 その塊は夕焼けに染まる空まで上がると二つに分かれる。
 一つは出た時のまま黒い塊で、もう一つは薄い青色の珠。二つは迷うことなく黒い塊はどす黒い水たまりへ。
 薄い青色の珠は茉希ちゃんの身体に収まり溶ける。
 すると、苦しそうな咳をしながら茉希ちゃんが起き上がり、その下の黒い粘液も波を打ち始める。
 私は咄嗟に推定茉希ちゃんの手を引き、粘液から引き剥がすとそれは中から波紋を生み出し、中心に向かって集まり始め、ひとつの群体のような塊になる。
 そして、塊は一気に立方体になると人型へ転じて四肢を生み出した。そこに表情と呼べるようなものはなく、ゆで卵のようなツルツルとした外見を見せるだ け。だが、顔の、口に当たりそうな部分に一筋の線が横に入ると上下に割れて口のような器官を生み出した。
 そこからまるでノイズのような声が口の奥から流れる。
 その声から感情を読み取るのは難しいが、何となく読み取れたのは愕然、と言ったところだろうか。
 もうひと伸ばしで私を捉えて自身のエネルギーに変えられるところだったのにそれが失敗に終わって、更に手に入れた身体まで追い出される始末。計画が完遂 できると思っていたところでの崩壊は放心させるには十分すぎる。
 取り急ぎ身体を再構築したせいなのか、上半身は何となく出来上がってはいたが、下半身はまだ出来上がっておらず一歩踏み出そうものなら今にも崩れそうな ほどにドロドロと垂れ流れては取り込むのを繰り返しているのも拍車をかけているのだろう。
 だが、これは願ってもないチャンス。決着をつけるなら今しかない。
 私は動ける最低限度の力だけを残して右手に光の矢を作り出し握ると、身体を引きずり魂喰らいへ接近する。
 安全策をとって投げることも選択肢としてあるが、それは万全の状態の時の話でダメージを負って左腕が使い物にならない状況では他に選べる物がない。
 だからできる限り近づき、至近距離で矢を突き刺す必要がある。しかし、これをしくじれば現世を保護するために力の開放は強制終了される。そうなれば手痛 い反撃を受けて奴に取り込まれるだろう。
 全く……何日もらえるかわからない休みのためにここまで身体張って……酔狂にも程がある。まあ、お仕事だからしょうがないか。
 そう割り切ることにしてはいるけど、正直な話、私が死んでも替りはいるのだ。
 しかしながらそんな替わりに取って代わられるつもりは毛頭ない。

「こぉ……のぉっ!」

 渾身の力を込めて、光の矢を奴の脳天へ突き立てる!
 間違いのない手応えが、

『仕留めた!』

 と、確信出来るだけの手応えを手のひらに受け止めると、矢はズブズブと魂喰らいの体内へ入り込んでいき、矢の全てが飲み込まれると、突き刺した傷口から 光が迸り始めた。

「オオオオォォォォォォ……」

 断末魔と共に傷口から浄化された魂魄が迸り、天へ昇り霧散していく。それに比例して魂喰らいの身体も少しづつではあるが小さく萎んでいき、噴水のように 飛び出していた光が落ち着く頃には子供ぐらいの大きさにまで小さく縮み、その姿を維持できなくなりつつあった。
 終わった――――
 形状維持できずに崩れる魂喰らいを見届け、反抗してこないのを確かめると、そこで丁度、制限時間に達し開放が終わる。その拍子にコード開放で補っていた ダメージがぶり返し、その場で尻餅をついてしまう。意識が飛びそうな激痛が意識を飛ばすことを許してはくれず、もうこれ以上は動けそうもない。
 だが、お仕事はまだ残っている。捕縛要請や救護要請を送るためアプリを開き、そっちに意識が向いた瞬間、それは牙を剥いた。
 形状崩壊を起こして瀕死のはずの魂喰らいが残りわずかだろう力を捻り出し私を飲み込むようにその黒い粘液で覆いかぶさってきたのだ。その動きは身体の自 由が効かない私にとってはあまりにも早い。
 粘液は瞬く間にスーツの下へ流れ込み、左腕の傷口から、口から、鼻から、目から、耳からとありとあらゆるところから入り込んで来る。それから逃れようと 身を捩ったり、はね上げる様にしてみたりと抵抗を試みても、しっかりと地面に食い込んだ粘液が手足を拘束してビクともしない。
 そうしている間にも魂喰らいは傷口から漏れ出す霊子を喰らい、腕を蝕み力を取り戻しつつある。

『お前らのせいで……お前らのせいで……お前らのせいで……お前らのせいで……お前らのせいで……お前らのせいで……』

 直接響く声に最早意識なんてものを感じさせる響きはない。復讐という執念だけで瀕死の肉体をここまで動かしているようだった。

(腕も足も身体もしっかりと絡め取られて動けないか……はぁ……一番やりたくないんだけどね)

 もしも連絡ができたとしても救援や追加人員が来る頃には私はもう取り込まれ尽くされて意識も残らないだろう。よしんば意識は残れたとしても脱出する手段 はない。
 右手を覆う程度に力を纏わせるとゆっくりと滑らせる。
 目的地は左の内ポケット。その中には『最後の手段』が入っている。

(ま、仕方ない……か)

 これを使うとなると自分共々魂喰らいまで滅することになるけど、それを気にしている余裕はない。私が取り込まれれば再び茉希ちゃんに入り込むだろうし、 そうなれば現世はおろか神界まで入り込んで甚大な被害を出すだろう。
 なんとか頭を動かして茉希ちゃんを放り出した方へ視線を向けると、その姿はなかった。きっと逃げてくれたんだろう。
 よかった。
 これで杞憂もなくなった。心置きなくトリガーを引ける。
 目をつぶり、トリガーを引ききる一瞬前。鈍器で思いっきり殴られた時の衝撃が走る。すると急に私を拘束する力が弱くなり、ついには綺麗さっぱりと消えて 無くなった。
 その急さに驚いて目を開くと魂喰らいは、だったものへと成り果て、赤黒い光の粒となって天に昇ることなく、地に飲まれることなく霧散して無くなった。



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