ていくへぶん〜見える少女〜15
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白い部屋。
白い人影。
それがいくつか見える狭そうでありながら、だだっ広そうな変な空間で磔にされているのがわかった。
その人影は徐ろに近くに置いてある銀色のトレーから銀色の先端が尖った器具を取り出して、身体にあてた。
尖った先端は何の抵抗もなく身体の奥へ、奥へと入り込む……
襲う疼痛。皮膚の下を這いずり回る痛み。
痛い。
とにかく痛い。
針を刺したような、思いっきりバットで殴られたような、抓られた様な、傷口に指を突っ込まれてまさぐられてる様な……言葉にするのが面倒になるほど痛
い。
そんな痛みが全身に回る頃にはすっかりと痛覚は麻痺してしまっていて、触られても自分の身体を触られてるのはわかるがとても自分のものではない感じがし
てならない。
そこまで来れば最早痛みに対する反応は曖昧になってくる。
するといくつかの白い影はニンマリと満足いったと言う笑顔を浮かべると、器具を勢いよく抜き去る。
器具が抜けていくのに合わせて身体の中の色々な物も一緒に出ていく。
「ぁぁぁ……」
声は上げられなかった。上げようにも出てくるのはか細い線のような声だけ。そしてひと呼吸するたびに皮膚の下のモノが動いて触れる神経が変わりイカレか
けていた痛覚に痛みを思い出させる。
そしてやっとのことでその這いずり回る気持ち悪さはなくなると身体は軽くなった。
ふと視界に入った器具は尖っていた姿はなく、何やら変な形に変わっている。人の形をそのまま型どったような形だったが、末端は細い線がびっしりと走り、
中心の方へ行くに連れて太く線の数も少ない。
そんな不気味なモノを視界の端に捉えながら呼吸が整うのを待つ。そして呼吸が整うと今度は急に寒さを感じた。
それもそのはずで、器具を差し込まれたところからホースの口を狭めて勢いを増した水のように体液が流れる。
床へ落ちた体液はとどうしてだろうか、湯気が立っている気がしてならない。
すると影は試験管を傷口へ突っ込み、直接体液を採取すると床へ溢れた体液までも回収し始めた。一頻り回収し試験管を引き抜くと体液は流れるのをやめて固
まり、傷口が癒え始める。
閉じ始めた傷口を見ると薬のカプセルを放り込む。
そして腕にチューブを差し込まれ黄色の冷たい液体がチューブを通り、体内へ流れ込んでくると身体に力が戻ってくる感じがした。
だが、異変はすぐに訪れた。
始まりは臭い。
腹の奥から漂い出す腐臭が鼻腔を埋め尽くし、耐え切れなくなって口を開ければその口の中から煙が立ち上る。
ドクン――――
音を口にするならそんな音だと思う。
その音が耳朶を揺らしたと思うと、一緒に胸が、腹が跳ね上がり……弾ける感じがした。
これで死ねる――――
その喜びとともに最後に残る物を全て絞って白い影どもに薄く微笑って見せた。
だが、一瞬マスクの奥に見えた目からは微笑って見せたことですら一蹴に伏し、凄惨なはずのこの状況下でも目の色一つ変えずに、降りかかる液体も破片にも
構うことなく、まるでスチールウールが燃えるさまを観察するような瞳しかなかった。
そこで思ってしまった。
「なんでこんなことを考えてられるんだ」
と。
痛みや感覚が消えてしまっているにもかかわらず、なんでまだ考えてられるんだ?
気持ち悪い……
催した吐き気を解決するために脳が胃に『内容物を全部吐き出せ!』と命令するが、一向にその気配はないどころか、胃が動く気配もない。心臓が脈打つ気配
も。
そこでひとつの予想へ辿り着く。それを証明するようにシャワーで洗い流された鏡のような壁に写った姿を見たくはなかった。
だが、目を瞑る事を許さないように瞳はそれに釘付けになる。
写った姿は……
「いやああああああああああああっ!」
その姿を見たわたしはすぐに全身を確かめました。
手のひらで、指先でしっかりと顔から喉、肩、腕、胸、腹、太もも、ふくらはぎ……
どこも欠ける事なくなくしっかりとあります。すると急に優しい暖かさに包まれました。
「よかった……よかっ……」
涙ながらに母がわたしを抱きしめていました。
「おかあ……いった……」
急な痛みに腕を見ると包帯が巻かれていて、その反対の腕には点滴の針が入っています。
「あ、ごめんね。先生呼ぶから」
そう言うとナースコールを押し込み、わたしが起きたことを伝えます。程なくして女医さんと看護師さんが血相を変えてやってきてアレコレと簡単な検査をし
た後、何故わたしがここに居るのかを話してくれました。
ただ、どれもこれも夢なような気がしてなりません。
三日間寝ていたことも。
事故に巻き込まれたことも。
でもそれは嘘。
本当はタカツキさんに助けられたのを覚えています。
そしてイタ君をこの手で……したことも。
夢であってほしい……そう思っていてそんな心地のまま聞かれることに生返事を返していると、まだ本調子じゃないだと勘ぐってくれて、
「明日また来るからね」
と、早々に母は帰り、女医さんも看護師さんも、
「何かあったら遠慮なく呼んで」
と点滴の針を抜いて戻り、個室にひとりっきりになりました。
確かに本調子ではありませんでしたが、ひとりっきりというのも今は嫌でたまりません。どうしようかと考えてると、ハンガーにかけられたわたしの服を見つ
けました。
「あたたたた……」
三日間寝たきりだった弊害でしょう。節々が痛くいつもより身体も重い感じです。ですが、それに徐々になれてハンガーの服を手に取りまじまじと見やりま
す。
土埃や血で汚れてしまったその服は、確かに事故にあったと思わせるだけの汚れ方です。その下に置いてあるバッグには持ち出した覚えはありませんでした
が、開いてみると着替えの下着とかが入ってまいした。
昏睡状態だったとは言え、この歳になって他人に着替えさせてもらっていたと思うと……恥ずかしいです。
着替えさせてもらってるさまを想像してしまうと赤面するしかありませんが、そんなことよりと頭を振って切り替えると、バッグの中を調べます。
「ん……あった」
目的のものを見つけると、病室を出ます。勝手に出るのはまずいかなとも思いましたが、拘束されてるわけでもありませんし、もし見つかってもトイレですと
言えばいいでしょう。
……トイレってどうしてたんでしょうか?
やめましょう。うん。考えてはいけません。
病室を出て少しうろつくと、すぐに『メールはこちらで』と案内する看板を見つけました。そこは長テーブルが置いてあって、入院患者さん達の憩いの場に
なっています。
その窓際が専用スペースになっていてそこに落ち着くと、落ちていた電源を入れました。
そしてメールを確かめようと新着問い合わせをすると百件近くのメールが来ていて、そのほとんどがねねからのものです。
一番古いものから開いていくと、一通一通に込められたねねの思いが伝わってきてとっても嬉しくて、暖かさが伝わてきます。
本当は電話をかけて無事を伝えたい衝動に駆られましたが、今の時間は授業中のはずなので我慢です。
片っ端から来ていたメールに返信し終え病室に戻るとお客様が来ていて、ベッドに横になって幸せそうな顔で寝ていました。
入れ違いになったのでしょう。わたしがメールを確認しに出た直後辺りに来て待っていたのでしょうけど、二十分ぐらい寝ないで待っていられなかったんで
しょうか……
「えへへ……」
一体何の夢見ているのか……
顔が緩みっぱなしで、時折変な笑い声を漏らす姿に無性に腹が立ってきました。ですが、ひっぱたいて起こすのも気が引けるので鼻を摘んでみます。結構強め
に。
そしてしばらく待ちます。
「ふがッ!?」
お決まりな声を上げて起きたと思うと、またすぐに倒れ込み寝息を立て始めました。
流石に気が済むまで寝かせておくことなんてさせはしません。
ごめんなさいとほんのり思いながら、おでこにちょっぷを落とすと、
「あああ……」
そう苦悶の声を上げながら頭を抱えて起き上がりました。そこですかさず、
「……おはようございます」
と皮肉をこめて声をかけると、
「はい。おはようございます……」
とタカツキさんが寝呆け眼を擦ると、神妙な面持ちを浮かべようと四苦八苦しながら目を覚ましました。
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