ていくへぶん〜見える少女〜16

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「ごめんね。おもいっきり寝ちゃって」

「いえ……」

 部屋に来た時のように頭を掻きながら照れくさそうにしています。
 わたしも同じようにベッドに腰掛けましたが、何も言い出せませんでした。それはタカツキさんも同じようで、わたしの隣に座って視線を下に向けたまま何も 喋ってはくれません。
 やはり、何かしらのお咎めがある――――
 だから言葉を探しているんだろうと不安しか出て来ません。わたし自身それが無いとは思っていませんでしたが、押し黙るのを見せ付けられると……

「あの、わたし……死ぬん、ですか?」

 あれこれと考えて押し黙るほどのものはこれしか思い浮かばず、思い切って先手を取りに行きました。その途端、タカツキさんはわたしの目をしっかりと見て 視線が重なります。
 その視線には戸惑いが見えました。
 ああ、やっぱりか……
 あの暗闇に取り込まれる時よりもずっとリアルな恐怖がわたしを包みます。しかもわたしが眠っている内にではなく、目覚めて家族と友人が喜んでくれた後で まるで絶望に叩き落とすかのようなやり方は到底背中に生えた白い翼の持ち主とは思えないやり方です。

「そう、ね」

 消え入りそうな声は死の宣告であることを如実に表していました。
 生殺与奪を勝手に決められてはたまったものではありません。その憤りをぶつけようとすると、

「そういう意味では……ね」

 と意味深な言葉を落とされ頭に上っていた血が少し下がりました。

「どういう、ことですか」

「確かに私はあなたを殺しに来た。でも、命をってことじゃないの」

 ならばなんで殺すなんて言うのでしょうか。タカツキさんはその先を言う事なくわたしが答えにたどり着くのを待っているように見えます。
 そんな期待を孕んだ視線を向けられたら期待に答えたくなるじゃないですか。
 そんな思いを抱きつつ思考の迷路に足を踏み入れます。命を奪わない方法でわたしを殺す……? 命以外でわたしが持ってるものは――――

「力を……殺す?」

 タカツキさんは頷きました。

「最初は上もあなたの殺害って方法で解決しようとしてたの。子供もいないし、今後のことを考えてもそれが一番確実だ――ってね。でも、あなたは一度魂喰ら いに捕食されてしまった。でもそのおかげでわかったの。あなたの力の根源はどうやら魂にあるらしいってことが」

 それを聞いて以前教えられた魂と魂魄の話を思い出していました。確か『その人の人格や経験を魂魄と呼び、それを入れておく器が魂』でした。
 それを踏まえるとわたしの『見える、話せる、触れる』という力の根源が器にあるということになります。

「そこで、その力の根源だけを抜き出して……」

「壊すんですね」

「ご明察」

 なら始めからそう言ってほしかったんですが……でも、わたしの一部を壊すんですからそう言うのも正しいいような気がします。

「嫌だって言っても駄目ですよね」

 ちょっとした意趣返しでそう言ってみます。すると急に真剣な顔つきになって切り返されてしまいました。

「そうね。そうなっちゃうと実力行使……かな。それで私が怪我したり、壊されちゃうと今度は戦闘部が出てくるわ。そうなると確実に命の方を狩りに来る」

 その顔に嘘は見受けられません。抵抗して、怪我をさせてしまえば本当にそうなるのでしょう。
 また、私の力がそこまでの力があるのに驚きました。前に捕まえたときは傷つけようなんて思っていませんでしたから結果的にそうだったのでしょうが、もし あの時そうさせてしまっていたら魂喰らいを見つけるための餌にされて、そっちが解決した後で問答無用でそうなっていたのでしょう。
 そう思うと背筋が凍るのを感じます。

「それじゃ、早速始めるね。コード開放『take heaven』」

 目が眩むような光が病室を埋め尽くして、その光が一点に収束するとさっきまでスーツ姿だったのが真っ白なワンピースみたいな服に変わり、背中には同じく 真っ白な翼が。そして頭には光輪が浮かんでいます。ほんとにいわゆる天使の姿がありました。

「ほんとに天使だったんですね……」

 一度見たので信じていないわけではなかったのですが、あの暗い中でいまいち覚えてなかったのもあり、改めて見みると思わず苦笑してしまいました。

「そうだよ。見納めになっちゃうからしっかり目に焼き付けといてね?」

 冗談ぽく言ってその場でくるりと一回転して見せます。
 ふわっと形よく浮き上がったスカートは優雅さをそして美しさに華を添えてまたわたしの正面に戻ってくるとピタリと動きを止めて一礼しました。
 これだけ綺麗なら絵に残したくなるのもうなずけますね。と遠い昔に天使が見えただろう画家達に思いを馳せざるをえません。

「それじゃ、私の手を握って」

「大丈夫なんですか……痛いとか、あの時みたいに意識が遠くなったりとか……」

「大丈夫大丈夫。切り取った部分はちゃんと補填するからそんなことないよ」

 それでも不安は拭いきれませんでしたが、そんなわたしの不安をよそに作業は始まりこれといって変化がないようなまま、あっさりと終わりました。

「少しの間は偶然に見えたり、話せたり、聞こえたり、触れたりってできると思うけどすぐになくなると思うから」

「はい。……これで本当にさようならですね」

「そうだね」

 その声色は寂しさを滲ませています。この力がなければ、使って事を起こさなければ出会わなかった人です。

「じゃあ見えなくなる前にこれは話しておいたほうがいいですね。目が覚める前に見た夢なんですけど、真っ白い部屋で、真っ白い服を着た人たちがわたしに何 か実験するんです。それは痛くて、怖くて、寒くて……最後は身体が爆砕してしまうんですけど、それでも死ねないんです。そこで目が覚めたんですけど……も しかするとイタ君が受けてた事なんじゃないかって」

 言葉にすると夢で見たことがありありと思い出されて身体が粟立つのを感じて自分で自分を抱きしめました。震えも止まるようにと。
 すると、背中からきゅっと抱きしめられました。体温なんて無いはずなのに、人よりもずっと暖かい気がしてその暖かさに触れたせいか自然と涙が零れます。
 でもそれを悟られたくなくて、見せたくなくて隠し通そうと必死に俯きました。

「ごめんね。きつい思いさせて」

「いいんです。自分で入っちゃったんですから」

 タカツキさんの手が少しずつ見えなくなっていくのがわかります。

「でも、それもすぐに夢だったって思えるようになるから。それじゃ……ばいばい」

「あ……」

 タカツキさんがそう口にしてしまった瞬間、抱きしめられる感じが消えてしまいました。いたはずの後ろを見ても姿はなくなっていて、外を見ても珠は見える こともなく声ももう聞こえません。
 別れの言葉を口にさせなければもう少しだけ話をしていられたんじゃないだろうか……だとしても別れの時は確実にやってきます。だから今のタイミングが一 番良かったのでしょう。
 もう見えないんだ――――
 その事実を受け止めようとしてみましたがそんなすぐにはできるはずもなく、患者服を涙で濡らすだけでした。



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