ていくへぶん〜見える少女〜18

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「呼ばれてきたって体でお願いします」

 社長はそう言うと先に監獄の門みたいな扉の向こうに消えた。


「ではこちらへ」


 通されたのは応接室だろうか、ほとんど調度品もないシックな来客用のソファとテーブルが一脚あるだけ。そして部屋の奥一面はガラス張りになっていた。


「時間になりましたらお呼びしますのでお待ちください」


「はい」


 秘書さんが出て行くと一気にシン……と音が聞こえてきそうなほど静かになった。窓に寄って外を見てみるけど、場所が高すぎる。

 下は雲で霞んでいて微かにしか見えない。

「ずっと晴れか……」


 空を見あげれば光が目一杯に注ぐ。そのおかげか、室内に照明があるにもかかわらず一つも点けられていない。

 ちょっとだけいいなって思える。洗濯に困らないし雑踏も聞こえないだろうし、夜空もずっと綺麗に見えるに違いない。
 多分、下からでは見えない小さな星でさえも。そういうロマンチックな所で告白なりプロポーズなりをされてみたいものだけど……

(その前に相手を探さないとね〜アハハ〜)


 がっくりと肩を落としていると、


「お待たせしました。どうぞ」


 と、さっきこの部屋に通してくれた秘書さんが迎えに来てくれた。

 さっきの門の前まで連れて来られると、その横に備え付けられているインターホンへ話しかける。

「社長。お連れしました」


 するとすぐに、


『わかった。通して』


 そう返事があって扉が開く。

 その隙間は丁度人一人が通れるぐらいもの。逆光のせいで向こう側は見えない。

「し、失礼します」


 扉から溢れる光を抜けると目の前に広がったのはさっきの応接室によく似た空間。違うところといえば、ソファとテーブルの代わりに大きなデスクが存在感を 放ち、その右奥に見える別室への扉と、床一面に刻まれた紋様だろう。

 見える椅子には社長が埋まるように座っていて、そして、デスクの前には神経質そうな顔をし、メガネを掛けた男がこちらを見ていた。
 この男が技術部部長だろう。

「忙しいところ呼び出してすまない」


「いいえ……」


 面食らっていた。下で話していた時の可愛らしさはなりを潜めて、威厳に満ち満ちていて、まるで別人のようだ。


「あなたですか……魂喰らいを処理してしまった馬鹿者は」


 その言葉にカチンと来た。開口一番馬鹿者と言われれば言い返したくもなるが堪える。


「ですからやめていただきたいと陳情したんです。指令書の一文に『処分もやむ無し』と加えることを」


「あなたも報告は受けているだろう? あの状況でばそれも致し方ないことも。それとも……捕縛に固執するあまり優秀な部下を一人失えと?」


 キツく睨みつけると部長は尻込みするようにたじろぐ。しかし負けてはならぬと言い返した。


「そうは言ってません。ですが、アレは貴重なサンプルだったんです。だから……」


 その先の言葉を遮るために社長は強く言い放った。


「この話はもう終わりにしよう。過ぎたことに固執しすぎるのは不毛だ。さて、タカツキさん。貴女を呼んだのは他でもない。収集したデータを彼に渡してほし い」


 それだけ!?

 それだけのためにSP撒いて下まで降りてきたの!?
 その行動力はすごいけど、内線とか業務連絡で呼び出したほうがよかったんじゃ……とは思いつつ、ポケットにしまっていた端末を取り出す。すると一緒に紙 が落ちた。

「すいません……」


 この紙はさっきエレベータの中で受け取ったものだった。


『技術部部長にデータを渡すときに開くように』


 そう言い付かっていたので開き中身を確認すると、とんでもないことが書いてあった。それとなく社長の方を見ると微かに頷く。


「何をしている? 早くしたまえ」


「すいません。領収書出すの忘れちゃって……」


 中身を悟られぬようにポケットにしまい、端末の中に入っているメモリーカードを引き抜く。端末を再びポケットに突っ込むと、技術部部長のもとへ。

 しかしこんなことしたら怒られるんだろうなぁ……でもオフィスの修理費とボーナスと休暇の追加……ああ! もう!

「あっ」


 コケた。もちろんわざと。そしてメモリーカードを投げる。するとフッカフカの絨毯の毛並みの間に入り込んでしまいどこへ行ったかわからなくなった。ふり をした。


「なっ……! に、をしている!」

 みるみるうちに技術部部長の顔が赤く染まる。

「すいません! すぐに探しますから」


 立ち上がって少し歩いた時、ヒールの踵に違和感があったそして。

 パキッ――――

「あ」


「ああっ!」


「あっ」


 一人は棒読みで。

 一人は悲鳴に近い声で。
 一人は演技でそれぞれ声を上げてただ一点を凝視する。

「貴様は!」


 技術部部長は私を突き飛ばし散らばった欠片を拾い集める。

 でも、欠片を集めたとしても。
 もし、それを復元できたとしても中のデータは二度と戻らない。
 割れた卵は元に戻らないのだ。

「貴様……覚悟しろよ? これは査問委員会ものだぞ!」


 そう言いながら怒りに染まり尽くした顔を社長へ向けて同意を促す。

 さも……
 クビ確定じゃない……
 やるんじゃなかったかなぁ……
 私も社長を恨めしく思い視線を送るが、微動だにしない。

「査問委員会を開くのはいいが、そうなれば今回のことを公にしないといけないのだが……構わないか?」


 この一声が茹で上がりかけた部長の頭を急激に冷やす冷水になり降り注ぐ。


「な……ぜです?」


「君は彼女を何の罪状で査問委員会にかけるつもりだ?」


「それはもちろん会社の利益である情報を……」


「破壊した。ということでだろう。ならばその破壊されたデータの出処や入手経緯。更にはタカツキ君への指令を出した経緯を細部残らず出さないといけなくな る。もちろんそこには何故魂喰らいが逃亡したのか、魂喰らいを使って何の実験をしていたのか……それも必要だが?」


 部長は何も言い返せなくなり憤然として私を睨みつけると、


「失礼します」


 と冷静を装いメモリーカードの欠片を抱えて部屋を後にした。


「はぁっ……」


 扉が閉まる音が背中でするといっぺんに疲れが押し寄せる。しかしよかった。査問委員会にかけられなくて……


「ごめんなさい」


 椅子から離れ私のところまで来てくれた社長が済まなそうに頭を下げた。


「そんないいですよ。大分ビビりましたけど」


 大分、と言うよりはビビリ通しだった。社長の反論虚しく査問委員会が開かれることになったらと思うとゾッとする。


「データ、頂いてもよろしいですか?」


「ああ! はい!」


 あまりの安堵に忘れかけていたのを思い出して、左手に握っていたメモリーカードを社長へ渡す。社長はすぐにそれを端末へ差し込み中身を確認すると、満面 の笑みが浮かんだ。


「確かに。ありがとうございます」


 さっき踏んで壊したのは手紙と一緒に入っていた偽物。手紙を見たときは上手くいくか不安だったけど何とかなってよかった。でもまさかこれが二つ目のお願 いとは……


「あの、手紙に書いてあったことは……」


「はい。もちろん手配しておきます」


 それが確認できればこんな心臓に悪いところは早いところ出るに限る。


「では第三七一魂回収部所属タカツキ、業務に戻ります」


「ちょっと待って下さい」


 一礼しドアノブに手をかけると呼び止められた。


「えっと……何でしょうか?」


「あの、聞かないんですか? 何でデータを技術部に渡さないのとか」


 私が何も聞かないことを訝しんだようだ。そんなの決まりきってるのに。


「そうですね……私が聞いた所でどうにか出来る問題じゃなさそうなんで。それに……」


「それに?」


 この前を言おうか迷ったけど言ってしまおう。その方が多分わかってくれるはずだから。


「聞いたら困りそうでしかたら」


 その答えが以外だったのか、返事に困っているようだ。


「……あ、えっと、ほんとにそれだけ、ですか?」


 まだ判断に迷っているのか、歯切れ悪く聞き返す。だから私は、はっきりと答えた。


「はい。面倒なの苦手なんで。では」


 後は何も答えず扉をくぐった。その扉の向こうから笑い声が聞こえたのは聞こえなかった事にしておこう。



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